会議で発言が少ない。ようやく出てくるのは、当たり障りのない発言。あるいは「私の確認不足でした」「次からはもっと早く共有します」と、一人ひとりが自己批判。
意見を引き出そうとするほど反省会になり、チームが元気になる感じはしない。
チームのズレを予防するには、改善案を出さないことも大切———と語るのは、リフレクションの研究と実践を続けてきた瀧知惠美さんと安斎勇樹さん。
「チームが前向きにコミュニケーションするには、どうしたらいいのか?」について、ふたりの専門家にお聞きしましたので、どうぞ最後の「まとめ」までお読みください。
瀧 知惠美
株式会社MIMIGURI リフレクションリサーチャー / エクスペリエンスデザイナー
多摩美術大学卒業後、ヤフー株式会社(現LINEヤフー)にUXデザイナーとして入社。事業づくりだけでなく組織づくりに課題を感じ、東京藝術大学大学院でチームづくりの研究を行う。現在は社内のナレッジマネジメント推進を担いながら、リフレクションやナレッジマネジメント領域の研究も行う。
安斎 勇樹
株式会社MIMIGURI 代表取締役 Co-CEO
東京大学大学院 情報学環 客員研究員。主な著書に『静かな時間の使い方』『冒険する組織のつくりかた』『問いのデザイン』『新 問いかけの作法』。
人の創造性を活かした新しい組織・キャリア論について探究している。
【Agendインタビュアー】 フジイユウジ
Agend編集長。
スタートアップや様々な事業の経営やグロースに携わる中で、事業を成長させるためのチームコミュニケーションに興味を持つようになり、仕事のコミュニケーションメディア「Agend」を立ち上げた。
前向きに話したいのに、チームメンバーは黙ってしまう。
今日は瀧さんと安斎さんに、「前向きに話したいのに、上手くいかないチーム」というテーマで伺いたくて。
チームで何か話す時に、気になることがあっても空気的に言わないでおこう、みたいな事が起こるのは、割と普通のことではありますよね。
一人ひとり、モヤモヤは持ってはいます。
でも、「わざわざ言うほどじゃないか」って飲み込んじゃうことが多いんですよね。
「黙ってしまう」の他に「それっぽいことを言ってやりすごす」っていうのもありますよね。
わかる!!わかります!
本心とか、心のモヤモヤの開示じゃなくて、「いまその場で求められているっぽい、よくありそうな発言」をしたり「特に意見はないです」で、場をやり過ごしてしまう。
これって、真面目で空気が読めるからこそ、やっちゃうんでしょうね。
小さいモヤモヤのうちに言えていれば防げたはずのことが、後になって大きな問題として出てくることって結構あるんですよね。
「振り返り」は課題を解決する目的ではなく、『ズレの予防』のためにやる。
チームで対話する場として、振り返り会をやってるチームも増えたと思いますけど、なんか反省会というか、自己批判っぽくなったりしません?
そうかもしれません。
振り返りというと、すぐ「じゃあどう改善するか」に向かおうとするじゃないですか。
でも私はむしろ、「あえて結論を出さないで終わる」というのもひとつの方法だと思っているんです。
面白いですね。
「対策を出す」ことは大事だけど、それは別の場でやるべきで、「あの時どう感じてた?」って語り合う場を、リフレクションという別のコトとして扱ってるわけですよね。
リフレクション(reflection)とは
日本語では「ふり返り」「省察」「内省」などと言われます。起きたできごとだけではなく、内面にも着目し、状況に埋め込まれている本質が何なのかを見出すことが重要視されていて、上手くいかなかったことへの対応策を考えるような改善や反省とは少し違う概念であると言えます。
もっと詳しく知りたい方は、瀧さんの「リフレクションとは何か」をご覧ください。
いわゆる「反省会」をやれば、うまくいかなかったことの対策リストは出せます。
でも、一人ひとりが感じていたモヤモヤが話されないままでは、個々の心になんとなく引っかかりがずっと残ってしまうんですよね。
「この人は、こんなふうに感じてたのか!」「こんなこと考えてたのか!」という、チームメンバーに対する気づきと理解を得ていくことで、一人ひとりがほんの少し広い視野を持てるようになったり、意見を言いやすい雰囲気のチームになっていったりするんですよね。
とはいえ、モヤモヤしたことを話すだけでいいんですよって言っても、「これは何の目的で集まってるんですか」って思われるんじゃないですか……?
振り返りを定期的にやるのって、課題を解決することじゃなくて「ズレの予防」のためにやるんですよね。
ここを知ってもらうことが大事なんだと思います。
仕事してると、課題設定のズレとか、目標に対する納得感のズレとか、メンバー間の認識のズレとか、小さなズレがどんどん発生していくじゃないですか。それを放置して大きくなった時にプロジェクトや事業が失敗しやすくなる。
身体のちょっとしたズレを補正するためのストレッチみたいな場なのに短期的意義とか求められても困るじゃないですか(笑)
短期的意義を求められても困る(笑)
軽いズレを補正する場だから、短期的な意義について考えないことが、長期的にはめちゃくちゃ意義がある。
ズレを補正する場がないことで、みんなモヤモヤを抱え続けていたり、人を責めたりして仕事が上手く進まないわけですからね……
『分析的リフレクション』と『物語的リフレクション』
そもそもリフレクションとか振り返りの目的って、「過去」の反省のためじゃなくて、「未来」をより良くしていくことなんですよね。
それなのに反省会みたいになってしまうことで、ネガティブな気持ちになるだけでモチベーションが全然湧かない、という状態に陥りやすいように思います。
あー、反省会的なものだとリフレクションにならないから、短期的な改善のためではないよってのは、しっくりきますね。
改善のためにやっちゃダメって話でもないんですよ。
ぼくの『静かな時間の使い方』という本の中で書いたんですけど、振り返りとかリフレクションには2つのモードがあって。
ひとつは、『分析的リフレクション』。起きたミスとか、上手くいったことを論理的に振り返るやつです。
「これが上手くいったのはこの要因があったからだ」って因果関係を見つけて、再現性を高めるためにやる。
もうひとつが重要で、
『物語的リフレクション』。
こっちはもっと感情的な側面に目を向けるもので、その経験が自分にとってどんな意味があったのか、意味付けをしていくリフレクションです。
ふたつの概念にして、使い分けられるようにするのは、めちゃくちゃ良いっすね。
反省会って、「何が悪かったか」だけを取り出しちゃう分析的リフレクションだけを扱うからキツいけど、ちゃんと使い分けて「物語的にリフレクションしよう」って言えると良さそう。
物語的リフレクションっていうのは、この出来事は「自分にとってどのような意味があったのか」という感情的な側面や主観的なストーリーに光を当てて振り返ってみることで。
例えば「納得感」や「意味の捉え直し」だとか、合理的ではなくても、自分が何を感じ、その経験が自分の人生やキャリアにとってどう位置づけられるのかを深掘りするんですね。
同じプロジェクトを経験して、同じ結果を見ていても、メンバーごとに見えている「物語」は違いますもんね。
起きた物事についてではなく、個人の葛藤や感じたことを物語的に見ることができるのか。
なんの役に立つのか意味わからんリーダー研修やらされたんだけど、同じグループでなんとなく仲良くなってLINE交換するみたいなことって起こるんですけど。
あれって、仕事における本音を語り合ったことで生まれる連帯だと思っているんです。「仕事という公」を「私的」に語ってる瞬間なんですよ。
意味わからん研修でやった会話からでもそういう本音を語る空気が生まれるんだとしたら、私的に仕事を語れない反省会なんて、意味わからんレベルの研修に負けてるってことじゃないですか(笑)
「同じ現実を共にしてても解釈って人によって違うんだな」
物語的リフレクションの例として、実際MIMIGURIであったエピソードを挙げますね。
あの本は、評判いいですもんね。
めちゃくちゃ売れたんじゃないですか。
結果的にはその目標を達成できたんで良かったんですけど、数字を上げていって達成した道のりで見えていた景色は人によって全然違ってたんですよね。
実際、プロジェクトリーダーは、4万部まで数字が伸びたあたりで心が折れかけてたんですよ。
順調に数字を上げているように感じている人と、心が折れかけていた人がいたってことですか。
ヒトって色々だなあ。
彼は「数字を追いかける意味って何なんでしょうね…」って迷いが生じて、急に動けなくなってしまったんですね。
ただ、その時はもう時間がなかったから、じっくりリフレクションできなくて、数字を伸ばすための施策をガガガッとやり切ろうって話だけして、なんとか目標を達成した。
で、終わった後でめちゃくちゃリフレクションやりまくって、語り合ってみたんですよね。
あの時に施策が止まりかけていた裏側で何を考えていたのか、他のメンバーはどう見えていたのか、っていうのをみんなで話したら、群像劇みたいな物語となって入ってくる。
「同じ現実を共にしてても解釈って人によって違うんだな」とか、そういう物語や映画に見えてくるみたいな感覚があって。
この「5万部プロジェクト」みたいに上手くいったプロジェクトこそ、物語として語ると刺激がたくさん得られて、チームやメンバーにとって学びが多い振り返りになりますね。
これは面白いな〜
それぞれの物語をリフレクションとして話すから得られることがあるんです。
反省会って、「上手くいかなかったという解釈」を固定してみんなで対策を考える会だから、辛いんですよね。
それ聞いてて思ったんですけど、モードの使い分けが大事なんでしょうね。
課題解決を進められる場がないチームが「お互い成功体験を語りましょう」って言われても、この時間はなんなんだって話になる。
事業の推進の中で課題解決はちゃんとやって、短期的な課題解決を目的としないリフレクションをする場なんですよってのを切り替えるのが必要そう。
「仕事を私的に語る」とは?
こういう「メンバー個々が自己開示する場」みたいな話になると、大体出てくるのが「仲良くなろう、プライベートなことも話そう」ってなって、ランチ会やったり飲み会やったりしがちじゃないですか?
そうなんですけど、私は無理にプライベートなことを話す必要はないと思っていて。
大学院でチームづくりの研究をしていた時も、「そんなの飲み会行けばいいじゃん」と言われたこともあったんですけど、そういうことじゃないんですよね。
仕事のコミュニケーションの中だけでも、その人が自分の業務に向き合うときに、どう考えながらやっていて、何を大事にしているか、どんなこだわりを持っているのか、って十分語り合えるはずなんです。
足りないのは、職場外のコミュニケーションじゃなくて、お互いの仕事観を知る場なんですよね。
「パブリック=公」と「プライベート=私」って分けて考えた時に、これまでのビジネス観って徹底して「公私混同するな」だったじゃないですか。「私」を抑え込んで「公」の役割を演じるのが仕事、みたいな。
でも、仕事という「公」の場のなかに「私」的部分という中間領域があるっていうことが大事なんですよね。仕事を私的に語る、という。
おおおお、『仕事を私的に語る』ってめちゃくちゃ良いな〜。
「俺はこういう作業してるのが好き」とか「こんなふうにサポートした」とか色々な人が仕事について自分語りすることで、リフレクションになる。
そうそう。
たとえば「こないだの案件受注して褒められてるんだけど、実は悔しかった」とか。
成果とか業務内容そのものじゃなくて、それに対して自分がどう感じたか、どこにこだわってたか、っていう部分を話すことが、他の人には「物語」になるわけで。
成果がA面だとしたら、そのプロセスで自分が何を感じてたかがB面。
普段って、A面の報告はするけど、B面について自分から言わない人が多い。
でも、瀧さんの仰るように仕事における私的な部分を話すことで、その人が何を大事にしてるのか、どう考えながらやっているのか、って人柄や考え方が十分伝わる。
「あなたの感情を教えてください」って聞いても出てこないものなので、自然とそこに向かうような問いかけを用意したいですよね。
たとえば「この成果が出るまでの経過で、苦労したことや、自分的にやってやったと思えるのはどんなことでしたか」といったフックがあると、「実はあの時こういうことがあって」っていう、普段の仕事中には語られなかった考えや気持ちが自然と出てくるんですよね。
「感情を教えて」だと身構えるけど、「苦労したこと」や「自分的にはイケてると思ってること」なら誰でも答えられますもんね。
あるときメンバーの「毛穴」が開いて、野生が解き放たれる
場を設計してリフレクションしていくべき、というのはその通りだと思います。
その一方で、そもそも自己開示に興味がない、むしろ抵抗があるメンバーの方が多数派な気がするんです。
「なんで会社の人に自分の内側をさらけ出さなきゃいけないんですか」っていう。
それって結局、組織とか仕事に過剰適応してるんですよね。
「自分の内発的動機なんて、仕事の場で発揮しなくていいし、したくない」っていう前提で生きてる人が普通に沢山いる。自ら職場では仕事ロボットになりたがってるというか。
ただ最近気づいたのは、そういうロボットみたいな空気の職場を、劇的に変えようとする必要はないんじゃないかってことなんです。
変えなくていいんですか(笑)
ここまで「開く」大事さを聞いてきたのに。
全員が台本通りみたいな発言しかしていない、儀式的にやってる振り返りでも、終わった後に「今日はいつもよりすごい本音が出て、いい場でした」って言われることがあるんですよ。
発言は型にハマったままなんだけど、普段だったら言わないその人の意見がチラッと出てたというか「あれ、急に毛穴からちょっと漏れ出たぞ」みたいな瞬間があるんです。
短期間だとか、ましてや1回のミーティングで化けの皮剥がして「私的な仕事を語れ」と強制するような必要はなくて。
物語を語れる場を定期的に持つことで、あるとき毛穴が開いて野生が解き放たれる瞬間があったりするんですよ。
MIMIGURIの場合は、メンバーの誰かが自分の内面を開いた時に、周りがそれをすごく温かく受け止める文化があって。
開く側も最初は恐れがあるんですけど、「開いてよかった」と思える体験につながりやすいんです。
新しく入ってきたメンバーも、最初はそういうの苦手だったという人が多いんですけど、徐々にその文化の中で変わっていけるから、定期的にリフレクションして自分の内面を開く場があるのが良いんだと思います。
そのためにはマネージャーや経営陣が弱音を話したり、開くことが必要で。
そうしないままメンバーに『本音で話して』と求めて振り返りをさせても、お前らが開いてないやんけって思われるだけで、構造的に開くのは無理なんですよ。
僕も時々、メンバーには弱音を吐いてますからね。
なるほど。
ロボットみたいな空気の職場を、劇的に変えようとする必要はないっていうのは、「場を作って待つのが大事」ってことですよね。
自分のこだわりや試行錯誤をポロッと言ってしまう。
そういう小さな瞬間を少しずつ増やしていくしかないんだと思います。
習慣としてやり続けるうちに、組織文化としても馴染んでいって、言葉にできることも少しずつ増えていくというか。
さっき安斎さんが言ってた毛穴の話も、結局そういうことですよね。
まとめ:仕事を「私的」に語って楽しもう
「何か意見ある人?」でシーンとする。「今後はダブルチェックします」と自己批判と対応策が並ぶだけになってしまい、リフレクションではない「反省会」が行われてしまう。
それは、メンバーに意見がないからでも、呼びかけが足りないからでもありませんでした。
- 振り返りは、反省と対策を出すためのものではない。
振り返りは課題を解決する場ではなく、日々のズレを予防し、経験に意味を見出すための時間として捉え直す。短期で成果を回収しようとするから、反省会的になってしまう。
- 課題解決のための「分析的リフレクション」は、振り返りとは別の場で使う。
分析的リフレクションをしなくて良いのではなく、日々の業務で課題解決をしていく場をしっかり作る必要がある。
- プライベートを語るのではなく、仕事を「私的」に語ることから始める。
飲み会もいきなりの自己開示も必要ない。「苦労したことは?」という入口から、仕事に乗っている感情やこだわりを少しずつ言葉にしていく。
- 劇的に変えようとするのではなく、場を作って待つ。
最初はそういうの苦手だったという人も、徐々にその文化の中で変わっていく。
関連リンク
MIMIGURI公式サイト
リフレクションとは?経験を学びに変える基本と実践
リフレクションを理論から実践まで体系的に学ぶnote
安斎さんのヒット作『冒険する組織のつくりかた』
リフレクションについての書籍『静かな時間の使い方』
(企画・編集:フジイユウジ / 取材・文・撮影:奥川 隼彦)取材:2026年4月