「目標」を使って人やチームを元気にしよう────『アジャイルチームによる目標づくりガイドブック』の著者に聞く。
仕事の「目標」は、どこへ向かって走れば良いかを示す地図のようなもの。
しかし、あまり良くない「目標」が設定されてしまうと、「この仕事に意味はあるの?」という疑念が生まれたり、仕事のコミュニケーションに齟齬が生まれてしまう場合もあるように感じます。
そこで今回は、『アジャイルチームによる目標づくりガイドブック』の著者である、株式会社カケハシのいくお (小田中 育生)さんに「人やチームを元気にする目標設定」についてお話をお聞きしました。
いくお (小田中 育生)
『アジャイルチームによる目標づくりガイドブック』著者、株式会社カケハシ エンジニアリングマネージャー。
2009年に株式会社ナビタイムジャパン入社。研究開発部門に配属。プロダクトや開発プロセスのカイゼンを推し進め、アジャイルとの出会いから社内でスクラムを積極的に導入し、ナビタイムジャパンVPoEを務める。2023年10月から株式会社カケハシに入社。
【Agendインタビュアー】 フジイユウジ
Agend編集長。
2011年に起業。スタートアップ経営や複数の事業グロースに携わる中で、事業を成長させるためのチームコミュニケーションに興味を持つようになり、仕事のコミュニケーションメディア「Agend」を立ち上げた。
目標設定理論。納得感のある高い目標が人のパフォーマンスを引き出す。
今日は、いくおさんと「目標と仕事のコミュニケーション」についてお話したくて来ました!
実はそうなんですよ(笑)
もちろん初学者の方にも読んでいただきたくて。キャリアの早い段階で目標づくりについて体系的に学ぶことで、本人もチームも組織も飛躍していくことを期待しています。
でも、フジイさんがおっしゃるとおり、ベテランマネージャーや経営者の方にとっても学びがある内容になっていると思います。
目標って、数字が設定されればなんでもいいってわけじゃなくて、チームや人が事業貢献できるよう行動しやすくなることが大切だと思うんですけど、なかなかそうなっていないチームも多いので。
「チームが健やかにみんなで事業を伸ばしていくための目標設定」について書かれているのが素晴らしいなって思いました。
「目標は一度設定して終わりではなく、それを追いかけ続ける間ずっとアップデートし続ける」という目標に向かっていくプロセスについて細かく書かれているところが最高に良い。
これは太字で書いて欲しいんですが(笑)
プロダクトチームやエンジニア向けの本だと思われがちですが、あらゆるチームの目標設定に使えます。
記事にするときに太字にしておきます(笑)
「チームのための」目標設定の解説って意外とないんですよね。
事業のKPI設計とか、社員個人の評価みたいな話になりがちで。
米国の心理学者による「目標設定理論」ってのがあって、納得感のある高い目標が人のパフォーマンスを引き出すんです。
ただ、納得感のない目標とか、目標達成率で評価される環境とかがあると、パフォーマンスが出にくくなる。
良い目標を設定できればチームの状態も良くなっていくし、パフォーマンスを引き出せる。
一方で、多くの人は「目標」というものにネガティブなイメージを持ってるじゃないですか。
やらされ感のある目標、達成できる気がしない目標、目標があろうがなかろうが結果は変わらないのに達成率を計算する業務……。
先日、イベントで「目標設定は好きですか?」って問いかけをしたんですが、ほとんどの人は 「好きじゃない」とか「良い思いをしたことはない」みたいな反応でしたね。
なんでそうなるかっていうと、個人目標と評価が密接に結びついてるからで。
たしかに個人の評価制度に紐づいてるせいで「目標設定・管理が好きじゃない」って話になってるのかも……
重要なのはチームがどう目標に向かっていくべきなのかだけど、どうしても自分がどういう軸で評価されるかの話になりやすいというか。
そうなんです。
「目標」と「評価」が紐づいてると、「個人目標を◯%を達成しているなら、評価は◯◯になります」という使われ方になりがちですよね。
それって、いかに約束守ったかで評価されるって考え方じゃないですか。
あー、本当にそうですね。
多くの組織や人が「社員が約束したことを守るのが成果」だと勘違いしてしまっているけど、そんなわけないですよね。
事業に価値をもたらしたかどうかで見てないんだ……
約束を守ったことが事業に貢献したとことになる状況もあるにはあるけど、実は約束を守るのと貢献価値がイコールなことはあまりないんだよっていうのは、重要な指摘なのでは……!
「あなた個人はこれを達成することを約束してください」って目標は、小さくまとまった「置きにいった目標」になるんですよね。
「目標設定理論」的にはモチベーションも上がらない。
組織が目指すビジョンの達成に近づいているかが大事なのに、達成しても影響が小さい目標にみんなで向かっている状況になりやすいんです。
だから、チームで事業の大きな成長という目標に向かって走りましょうって話になるわけですね。この話、最高にイイ内容だし、とても共感するなーーーー
でも、「私はサラリーマンなので、自分が評価される目標しかやりたくありません」って人もいるじゃないですか…
評価する立場の視点で考えてみると、本当に必要な成果をチームで出していたら評価せざるを得なくなるんです。
なので、チームでよい目標が設定できていたら、それが個人の評価にも繋がることを理解して、安心して目標に向かって欲しいところです。
とはいえ、個人として何をしたら評価されるか不安なのはわかるんですけどね。
たしかになあ。
評価制度上は個人目標があったとしても、会社や評価者が無視できないような成果をチームみんなに出していこうぜっていうほうが面白いし、会社にそういう雰囲気をつくっていくことで本当に成果も出しやすくなりますもんねえ。
約束的な目標って、達成したときに「約束を守る」ってことは証明できるかもしれないけど、計画通りにやったことが組織にアウトカム(成果)をもたらすのかは怪しいじゃないですか。
繰り返しになりますが、チームで圧倒的な成果を出して貢献してたら、会社はそのチームの全員を評価してくれるんですよ。
だからこそチームで目標設定をして、圧倒的な成果を目指すことは個人の目標にもつながっているよ、というコミュニケーションを取ってほしいなと思います。
アジャイルチームによる目標づくりガイドブック OKRを機能させ成果に繋げるためのアプローチ
「会社から降ってくる目標をこなすだけ」をワクワクするチーム目標に変換する。
『目標づくりガイドブック』を読んで良い目標を設定したいと思っても、既に別の指標・目標が会社から落ちてきているって環境もきっと多いですよね。
「俺が目標設定するっていうより、上から降ってくるだけ」ってマネージャーはどうしたらいいと思います?
前職ではじめてチームでOKRに取り組んだときは、そんな状況でしたね。
会社から目標としての数値が設定されていたんです。
OKR
Objectives and Key Resultsの頭文字をとった目標管理手法。
事業やチームの「どこへ行きたいか・どうなりたいか(Objectives)」と「Objectiveにたどり着くための指標 Key Results (KR)」で構成される。
基本的にKRの進捗が高まっていくと同時にObjectivesに近づいていくように設計されるが、KRを達成していてもObjectivesに近づいていなければ意味がなく、逆にObjectivesが達成されるのであればKRの進捗率は低くても良いとされ、飛び抜けた成果を出すための行動や改善に集中できる目標設定手法といわれている。
で。そこから逆算的に、僕らが会社から期待されている「この数字って何を意味してるんだろう」ってことをチームで話し合って Objective を決めました。
会社から求められている数値を KR (Key results) に置いて。
これ、会社ハック的な凄いテクニックじゃない?(笑)
究極、KR の数値目標を達成しなくても Objective を満たしていればチームは会社にそれを説明できるし、会社も本当に欲しい事業成果が得られるし。
前職で研究開発部門で働いていたときに『プレスリリースを出す件数』が会社から求められている目標だったんですね。
これを単に「件数が目標って本質的ではない」といって批判するのではなくて、「なんで件数が求められているんだっけ」ということと両立させるってことですね。
ぐわー、これ、本当にめっっちゃイイ話っすね!
会社から強制的に数値が落ちてくるような目標とチームが合意する目標をアライン(目線合わせ)できるってのは本当に「目標設定をする意味」がありますね。
もしかして、冒頭で話したようなチームが目指すべき事業成果を出すことと、評価制度による個人目標をアラインさせることもできるのでは……?
事業成果を出すために目指すべき方向性と個人のやりたいことのすり合わせはできるというか、マネージャーの仕事だと思いますね。
若手のマネージャーからよく聞く愚痴としては、メンバーが「俺のやりたいことは違う」って言ってチーム目標とはぜんぜん違うことをやりたいと言うとか。
逆に「特にやりたいことはないので、適当に決めてください」って言われちゃってメンバーに自分の意思がないみたいな状況で悩んでるマネージャーも多いですね。
いますぐチーム目標に貢献しないことでも、メンバーのやりたいことが将来の会社の役に立つなら、チーム目標とセルフコミットメントを2つとも持ってもらうってこともできますよね。
逆にチーム目標に興味ないメンバーがいたら、さすがにそれはちゃんとコミュニケーションをとってお互いに納得するまで話すべきです。
この「納得するまで話す」というところがとても大切で、「表面上は承諾しているけれども内心は納得していない」という状況は静かな反抗を生みます。
なので、納得していない本人はそれを開示してチームと対話していったほうがいいし、マネージャーはそういう自己開示ができるような、安心して話せる環境をつくる必要があると思います。
前回のインタビューにも「会社の期待にメンバー個々が応えようとするかは当たり前のことではない。押し付けずに折り合いをつける。」という話があります。
上司が失敗を許さない、約束を守らせたいタイプだとしたら?
会社に貢献できる目標に向かっていきたいとチームは純粋に考えていても、社長とか上司が障壁になる場合もありますよね。
上司が「失敗を許さない」とか「約束を守ることを成果だと思っている」ってこともよくあると思うんです。そしたら、ヘルシーなチームでいられないじゃないですか。
本を読んで「チームで事業の成果に貢献するぞ」となっても、上司の理解がないことで事業の成果に向き合うことが難しいマネージャーも多いように思うんですけど、どう思います?
上司が失敗を許さないとか約束を守らせたいタイプだとしたら、マネージャーは失敗の話をするべきではないと思います。
失敗を嫌う人に対して「いやいや、失敗から学んでなんぼなんですよ」って説明するのにめちゃくちゃコストがかかるし、理解されないし。
おっ、
率直に言っていきましょうってならないんだ。
隠すってことじゃなく、相手に伝わる言葉にするためのAPIを噛ませると思ってください。
あー、その上司向けの言葉に変換するって意味です?
ぼくは、それ苦手なんですよねえ……
書籍でもステークホルダーマネジメントの方法を書いていますが、そのステークホルダーが期待してる話をテーブルに上げることは大切です。
チームメンバー向けには「上手くいかないことから学んでいこう」というとても大事な姿勢を伝えるけれど、約束を守ることに価値があると考えている上司に「失敗から学びました」って言っても「はぁっ?なに失敗してんの?」って失望されるので……。
学んで変えていくことより、失敗しないことが重視されちゃうとチームの動きは悪くなるのに……。
でも、その上司側からそう見えてるってのは事実ですもんね。
ちゃんと相手に伝わる言葉にするのはマネージャーの大事なスキルなので、
「こういう成果を出します。それを生み出すために実はこういう改善をやっていて、この改善をやるには、このぐらいの時間がかかります。」
みたいに言い換える。
ウッ……相手に伝わる言葉にするのはマネージャーの大事なスキル……
そう……ですよね……。
その上司に合わせた言葉に翻訳しないとお互い不幸になっちゃうんだから。
新人マネージャーが経営に報告する場面とか見てると、エンジニアに話すのと同じ言葉を使っちゃう人が結構いるんですね。
逆に経営と話してる言葉でエンジニアに話すってことは、多分しないじゃないですか。
これまでの経験の中だと、チームがうまくいってるのに、なんかいまいち成果出てないねって言われる時って、上司に伝わらないような伝え方になっている場合が多い。そこを意識していないのは、もったいない。
ううう……おっしゃる通りですね……。
そういう翻訳とかコミュニケーションに苦手意識があるから、とても耳が痛い……。
「自分たちより上のレイヤーなんだから、わかれよ」ってのは間違いで、むしろ現場のことの理解度が低いのだから、情報の非対称性を理解してコミュニケーションしましょうってことよね。
はい、「翻訳」がすごく大事なんです。
なにかを隠して報告するって話ではなくて、何が自分たちに期待されていて、どういう言葉だと伝わりやすいかを意識してチームの状態を伝えていくって話なんです。
「試行したことから学んだ」っていうことを「上手くいっていない」と受け取られちゃう齟齬が出ないように、試行錯誤とかそういった経営に伝わりやすいワーディングをして交渉していくんです。
書籍『目標づくりガイドブック』にも、ステークホルダーの期待を調整したり、信頼関係を築くことが書かれていますよね。
事業に貢献する目標をチームが健康的に追っていくためにも相手に合わせたコミュニケーションは絶対必要になるんだなあ。
本当は成果出てるのにうまく伝わってない、みたいなケースは多いですね。
他にも、チームは正しい優先順位で仕事してるつもりになってるけど、うまく翻訳できていないことでステークホルダーの思う優先順位とはズレたまま事が運んでいるということがある。
それだと、「なんか変なふうに進んでない?」って言われちゃう。
チームのマネージャーって、どうしてもチーム側への視点を強く持っちゃうんだけど、やっぱ上司や経営から期待されていることはなんだろうって情報を積極的に取りに行って理解しなきゃいけない。
ぼくも初めてマネージャーやった時、やっぱ言われたんですよね、内側ばっかり見てるって。
翻訳ができないと、「会社がこれやれって言うから」みたいに本当に向かうべき目標ではないものをやる羽目になったりしますもんね。翻訳できるマネージャーはチームを守れる。
任務を遂行する、チームを守る、マネージャーは「両方」やらなくちゃいけないから、翻訳と期待の理解が重要なんですね。
チームのマネージャーって良い仕事だよね。
『目標づくりガイドブック』って本当に良い本ですよね。チームや会社が元気になる。
これまでの社会って、仕事というものはプレッシャーに耐えて当然って雰囲気があったじゃないですか。でも、最近どこに話を聞きにいっても社員やマネージャーを支援する話が出てくる。
この『目標づくりガイドブック』に出てくるみたいなワクワクする目標に向かうチームが増えたら、本当に社会が良くなる感じがしますね。
ここ数年のぼくの仕事のテーマとして、「修羅場をくぐってないけど、修羅場をくぐったかのような力を出せるメンバーを作りたい」っていうのがあって。
わかるーーー
次の世代は、苦労をしなくても良くなるようになっていくって良いですよね。
結構、ぼくとかぼくの上の世代の人たちって、『北斗の拳』の登場人物みたいな仕事人たちがたくさんいるんですよ。
そういうサバイバルで強さを身につけてきた人って、「なんだかんだ修羅場を経験してないやつはダメだよね」みたいな考え方があったりするんですけど、ぼくはすごい違和感があって。
サバイバーとしての体験があるから、そういう感覚になっちゃうんでしょうね。
ぼく自身はあんまり修羅場をくぐってきてないんですよ。
もちろん理不尽に耐えた経験はあるんですが、これからの人たちはそういうストレス耐性をつける必要はないと思っていて。
理不尽に耐えて得られるものって確かにあるんだけど、それって理不尽に耐えられない人を退場させてしまうだけだから組織にとって損なんですよね。
そういう人しか生き残れない サバイバルモード的な社会だったのが、さまざまな人がチームワークを発揮して仕事する社会になってきてるから、そこの意識は変わった方が良いんでしょうねえ。
以前は、子どもが生まれたら「男性は子どもや家族のためにバリバリ働くぞ」というのが良かった。
でも、いまは男性も育休を取るのが当たり前じゃないですか。
しかし、『「男性も育休を取ろう」と「シャカリキに働こう」を両立させてね』っていうのは相当な無理を強いているんじゃない?って感じます。僕なら無理です(笑)
社会の変化への対応として、仕事もチームで支え合って成果を出すスタイルになっていくのは自然なのかもしれないですよね。
そうなんです。だからこそ、チームとしてパフォーマンスを出せる目標に取り組むようなことが広まるといいなと考えています。
社会が変わっているのに企業がもっと変わっていかないと家庭や私生活が壊れちゃうから、結構危機感を持っていて。
ちなみに宣伝するとカケハシはめちゃくちゃ良い会社で、マネージャーもガンガン育休取ったりできます。ぼくも夏休みはPCを一週間も開かずに過ごすことができました(笑)
まとめ: チームで良い目標に向かっていくために。
■「目標設定理論」によると納得感のある高い目標というのは人のパフォーマンスを引き出す。
■ 「目標という約束を守ることが成果」と勘違いしている人が多いが、それではパフォーマンスも上がらないし、本当に欲しい成果が得られにくい。
■ 会社から強制的に数値が落ちてくるような目標や個人目標とチームが合意する目標をアラインする。
■ 相手に伝わる言葉に翻訳するのはマネージャーの大事なスキル。
「目標」は、チームのパフォーマンスをものすごく高めることができるツールですが、使い方を誤ると組織を混乱させたりチームのパフォーマンスを大きく下げてしまうこともあります。
コミュニケーションツールとして「目標」をうまく扱えるようになりたいものですね。
アジャイルチームによる目標づくりガイドブック OKRを機能させ成果に繋げるためのアプローチ
株式会社カケハシ 採用サイト
X/Twitter 190ODA(いくお)
(企画・編集:フジイユウジ / 取材・文・撮影:奥川 隼彦)取材:2024年8月