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仕事で使える、人類学───コンサルをやる人類学者、水上優さんインタビュー

タイトルと水上さんのバストアップ写真を使った見出し画像

みなさんが日々のコミュニケーションや意思決定で頼りにしているのは、いま自分の手元にある限られた”前提”ではないでしょうか?

もし、その前提や仮説を変えることができたら、より良い意思決定ができるのかもしれない―――今回のAgendは、企業に「人類学者の目をインストールする」メッシュワークの水上さんに仕事での視野を広げる方法を伺いました。

仮説通りであるよりも”仮説を変える”ことで広がる選択肢。人類学的なプロセスを仕事に活かす方法、ものすごく面白い話です。ぜひ最後までご覧ください。

水上さん
水上 優

合同会社メッシュワーク 共同代表/人類学者。
国際基督教大学、京都大学大学院にて人類学者の薫陶を受ける。米国系IT企業にて勤務後、UXコンサルティング企業にてコンサルタント・特別研究員として、大手メーカー等のUX企画に携わった後、「人類学者の目をインストールする」メッシュワークを創業。

フジイユウジ
【Agendインタビュアー】 フジイユウジ

Agend編集長。
スタートアップや様々な事業の経営やグロースに携わる中で、事業を成長させるためのチームコミュニケーションに興味を持つようになり、仕事のコミュニケーションメディア「Agend」を立ち上げた。

「仮説通りになるより、仮説が変わることが重要」という人類学的アプローチがビジネスに活用できる。

メッシュワークの水上です。よろしくお願いします。
大学と大学院では人類学の研究をしていて、主にエチオピアの鍛冶職人についてフィールドワークをしていました。

水上さん

フジイユウジ
エチオピアの鍛冶職人の研究をしていた人類学者が企業向けのコンサルティングやっている……?
メッシュワークさんは「人類学者の目をインストールする」という事業をやっておられるとお聞きしましたけど、少し噛み砕いて教えてもらえますか?

事業としては、その企業の抱える課題に対して人類学的な調査を行ったり、人類学的な観察手法の研修をするといった「人類学的なコンサル」をやっています。

水上さん

人類学とは:

世界各地の多様な社会や文化を現地調査(フィールドワーク)によって研究し、人間の生活様式、ことば、習慣、価値観、社会制度などを実証的に研究する学問です。研究者が現地に長期滞在し、人々と共に生活しながら観察やインタビューを行う参与観察が特徴的な研究手法です。

フジイユウジ
おお、ビジネスの人たちが人類学的な視点を得ることで、顧客理解や自己理解を深められる……ってことですかね?
ユーザーインタビューやリサーチって誰でもできるように見えるけど、そこから示唆を得たり、課題を発見できる人ってほとんどいないもんなあ。

人類学的なアプローチは、理解を深めたり課題を発見することに留まらず、もう一歩先に行こうとします。
そういった点がUXリサーチとの違いです。
人類学では、自分とはまったく異なる文化や社会に出会い、体験することで自分の考え方や認識を見つめ直します。それは理解を超えた事象に出会ったり、課題と思っていたことが課題で無かったと気づくことでもあります。

水上さん

フジイユウジ
UXリサーチと近いのかと思ってたけど、違うんですね。
ビジネス的リサーチとはどう違うんですか?

UXリサーチとは:

ユーザー体験(User Experience)のリサーチ。ユーザーが製品やサービスをより快適に、そして価値を体感しながら使えるように、ユーザー行動や意見を調査・分析する調査のこと。ウェブサイトの使いやすさ改善や、アプリの新機能開発などによく用いられます。

私はメッシュワークを立ち上げる前はUXリサーチを行う会社で働いていたこともあるのですが……
そこでは会議室のような場所にユーザーを連れてきてアプリを使ってもらい、その行動を別室から観察するといったリサーチが一般的でした。

水上さん

ソファーに座って話す水上さんの横顔

これは私が人類学で行ってきた「ある場所の生活を調べるために、その場に住んで一緒に仕事やイベントに参加する」といった手法とはかなり異なる質感のリサーチでした。
UXリサーチは課題解決の具体的な解決方法を探る、一種の演繹的なアプローチです。
人類学的なアプローチというのは、個々の特殊な事実に埋没し、そこから共通する人間や組織のあり方、社会の文脈を取り出していく、帰納的なアプローチだと考えています。

水上さん

フジイユウジ
なるほどー。
ビジネスだと、まず「これが課題だ」「こう解決できる」と仮説を決め打ちして、その答え合わせをがんばる───そんなふうに具体的な解決を急ぎすぎるフシがあるなと感じてました。
それに対して、人類学は「いま持っている仮説から抜けている何か」を探索するような感じなんですかね?

確かに仮説の扱いはビジネスの現場と違うかもしれません。
大学院のゼミで一番怒られたのは、「フィールドワークに行く前と帰ってきた後で仮説が変わっていない」ことでしたから。

水上さん

フジイユウジ
おもしろ!!!!
仮説が変わってないのが怒られるんですね (笑)

私は定住せずに移動するエチオピアの鍛冶職人の研究をしていたので、先行研究を調べて、仮説を立ててエチオピアに行きました。
しかし、現地に行ってみると、過去の論文に書かれていることとは異なり、定住していないとされていた鍛冶職人の多くが定住していました。
差別されてきた職業であると聞いていましたが、実際は村の中心的な役割を担っていることも判明しました。

水上さん

フジイユウジ
それは……現地に行かないとわからんすね……。

エチオピアが社会主義体制であったころに土地が与えられ、開墾して農業を始めたため職人さん達の生活が変化していたり、鍛冶職人の間でも読み書きができるかどうかで格差があるなど、出国前のデスクリサーチでは見えてこなかった事実が明らかになりました。
このように人類学におけるフィールドワークでは、現場で見聞きしたことから、仮説が変わっていくことが重要であるとされています。

水上さん

フジイユウジ
仮説が検証されるよりも、仮説が変わることが重要!!!
誰かが決めた「答え」に向かって仮説通りか検証するよりも、新しい情報や別の観点が得られることの方が重要で、経験学習的に変化していくことが大切ってことですね。

そうですね。「仮説通りに実験が遂行され、データが集められる」のが理想的である態度とは対照的です。
特にフィールドワークでは、自分の仮説では見えなかったところが見えてくることが重要な価値になります。

水上さん

人類学者は「長時間労働がどうしても是正されない」という問題にどのように取り組んだか。

フジイユウジ
「人類学者の目をインストールする」の意味はわかった気がします。
ただ、企業や組織に実際にインストールするとなると、どんなふうにやってるのか想像もつかないんですよね。
具体例ってあります?

東証プライムに上場している大手製造業から「長時間労働がどうしても是正されない部署があるのだが、どうしたら良いのかわからない」と依頼されて、日本総研さんと一緒に取り組んだことがあります。

水上さん

フジイユウジ
それって大企業の「長時間労働がどうしても是正されない」って問題解決を人類学者に依頼したってことですか?
面白い(笑)
一般的には、業務改善の専門家がコンサルに入りそうなもんですよね。
どの業務にどのくらい時間かかってるか一覧にして……といったビジネス的なアプローチの方が解決に近そうに感じますけど……?

まさに私たちが入る前にその問題解決アプローチをやっていたんですよ。

水上さん

フジイユウジ
あら。ちゃんとやってたんですね。

はい。専門性をもった業務改善コンサルに改善点を洗い出してもらったりしていたのですが、一向に改善されなかったそうなんです。
勤務時間や人員配置を分析して、最適な未来像をシミュレーションするような手法ですね。

水上さん

身振り手ぶりを入れながら説明する水上さん

その業務改善をとなりで見ていた日本総研さんが「これで改善されないのであれば、別のアプローチが必要なのだろう」と考えて、私たちが一緒にプロジェクトに加わることになりました。

水上さん

フジイユウジ
なるほどー。
問題は起きているけれど、専門的アプローチでも解決できないときには、いま見えてる問題や仮説が間違ってるかもしれない。
人類学的アプローチの出番ってことだ。
別のアプローチが必要って気づいた日本総研さんもすごいな……

私たちは人類学者なので、現場のフィールドワークに行きます。
今回は特に、この問題を認識している本社の人事部門の担当者たちにも、一緒に現地に入ってもらったんですね。

水上さん

フジイユウジ
コンサルが調査に入るんではなく、クライアントである人事部門を一緒にフィールドワークに連れていくの、人類学的アプローチっぽいですね!

その部署は製造機器のメンテナンスを行う部署だったんですが、現場でメンテナンス業務をしている人と一緒に時間を過ごすだけでもいろいろな気づきが得られました。
現場間の移動に車で2時間かかり、渋滞することで次の現場に遅れてしまう。社員は分刻みで電話対応していて差し込みの仕事も増える。
そして玉突き的に遅延していくという、長時間労働を避けがたいものにしているできごとが起きていました。

水上さん

フジイユウジ
実際に関わりながら体験的に観察する。
管理職への聞き取りや業務一覧を見ているだけではわからない、現場の状況を一緒に体験したわけですね。

はい。
これは「参与観察」というアプローチで、その名の通り参与しながら観察するということです。

水上さん

参与観察とは:

研究者が調査対象の集団に実際に加わり、その一員となって長期間生活しながら観察・記録を行う人類学の基本的な調査手法。単に外部から「見る」のではなく、実際に「参与する」ことで、表面的には見えない文化や行動の背景にある意味や価値観を理解することができます。ビジネス応用では短期間で実施されますが、研究でのフィールドワークでは一年や数年間に及ぶこともあります。

参与観察は、英語の”Participant Observation”から翻訳された言葉なんですけど、みなさんがオブザベーションとか観察という言葉から想像するのは「一歩引いた立場から見る」といったことだと思うんです。
ユーザーが何かしているところを別の場所からカメラで観察するみたいなことをイメージしている。まさに私がUXリサーチの会社でやっていたようなことですね。

水上さん

フジイユウジ
あー、だから「参与」なのか。
ただ見てるだけでは得られない、一緒にそこに混ざって体験的に情報を得ていく。

はい。参与観察は限りなく「日常生活」に近い。
相手の方と私たちが一緒に色々なことをやりながら日常生活をする。

水上さん

笑顔で話す水上さん

その人たちがどう振る舞うかとか、どのような言葉を発するかとか、私とその人たちの関係性の中で何が起こるのかというのを見ていくというのが参与観察ですね。

水上さん

フジイユウジ
長時間労働の是正プロジェクトって、その後どうなったんですか。

クライアントである人事部の方も現場の方々と一緒の時間を過ごしたり、その中で「私たちからはこう見えてるんですけど、どうですか」という話をしたりしました。
結果、人事部からは「忙しい部署とは聞いていたけれども、具体的にどう忙しいか分からないまま改善しようとしていた」と言っていただけました。

水上さん

フジイユウジ
プロジェクトを始めたときに人事部は「ともかく長時間労働やめさせたい」と思っていたのが変わったってことですね。
つまり、「現場をどう変えるかに関心があった」のが参与観察を通じて「自分たちが変わることができた」ってことじゃないですか。
コンサルの報告書とか改善提案を読むだけでは得られない体感的な情報を得られたのが良かったんだ。

その結果として、現場の状況に対する認識が深まったりして、クライアントの役員同士での議論が活発になるという良い効果も生まれました。
従来やろうとしていた改善策以外のアプローチが選択肢に増えたのだと思います。

水上さん

フジイユウジ
最初に設定していた「作業の改善で長時間労働をなくす」というゴール自体が、実は的外れだった可能性が発見されたってことですよね!
人類学的アプローチで、問題を「どう解決するか」ではなく、「何が本当の問題なのか」から見直すことができた。

はい。
このような変化を起こすのはレポートや説明会だけでは難しく、体験することが必要です。
体感した感覚があるから、コミュニケーションのやり方や問題への取り組み方が変わるのだと考えています。

水上さん

フジイユウジ
情報を得て意思決定の幅が広がった、手持ちのカードが増えたんだ。
まさに、仮説が変わる瞬間だったわけですね。
これ、多くの会社ができずに困っていることなんじゃないですかね。結果だけみたら、この凄さがわかりにくいかもしれないけど……。

意思決定とコミュニケーションの回路をつくる。

フジイユウジ
これって「現場のことは現場を見てもらわんと、偉い人や外の人にはわからんでしょうね」という話じゃなくて、「自分たちが認識している仮説やゴール設定自体を変えられるものかもしれない」ということなんですね。

「仮説が現場で変わることが重要である」とお話した通り、自分たちが問題だと決めつけてしまっていたことに気づいたのであれば、フィールドワークの成果があったと考えられると思います。

水上さん

フジイユウジ
一方で、問題を解決したいときに「なにが分かるかも不明だけれど、まずは参与観察しましょう」というプロセスを無駄だと感じる人は多いと思うんですよね。
現代のビジネスパーソンは、問題を素早く課題化して解決に動くことが良いこととされているから、抽象的なものを具体化するのを急ぎ過ぎてるんだと思うんです。

例えば、産業として衰退していく中で会社のあり方がわからなくなっているときや、この組織が良くないことは理解しているけどどうしたらいいか分からないとか。
そういったことを考える上ではやはり人類学的なアプローチだったりとか、参与しながらもホリスティックに全体を見渡すように把握して、具体と抽象を往復しながらな議論していく回路が必要になるんじゃないかなと。

水上さん

フジイユウジ
ああ、これすごい良い話だな!!
どのくらい読者に伝わる記事になるのか自信がないけど (笑)
世の中の不確実性が高ければ高いほどその「参与しながら全体を見渡すように理解して、抽象的な議論にしていく回路」ってすごく大事じゃないですか?

興奮ぎみのフジイの話を聞いてくれている水上さん

フジイユウジ
◯◯をひたすら頑張れば事業が伸びるとか、◯◯をやれば社員の給料どんどん上げられますって答えがわかってる時代だったら、それを頑張ればいい。
でも、なにを頑張ったら成果になるのかわからない時は、一旦はそのまま見つめたり、話したりする方が良い。

そうですね。
例えば、前職で私がやっていたようなユーザビリティ調査は具体的ですよね。
そのような具体的な課題があり、解決方法がある程度見えているときだったら、既存のビジネス的アプローチで十分です。
というか、そちらの方がうまくいくことも多いと思います。

水上さん

フジイユウジ
不確実性が高くて問題も課題も複合的で、そもそもこの課題を解いたところでその問題が発生しなくなるのかどうかすら分からんみたいな時。
じゃあ何も分からんままでいいから物事を体験的に見てみましょうかってことからスタートしましょうって選択ができることが大事ですよね。

具体と抽象を行き来するプロセスがないまま、大きなビジネスの決断をしているのを見ると「現状を知らないのになんでそんな大きな決断ができるんだろう」と感じます。
まさに人類学的なアプローチというのは、持っている仮説をアップデートすることが重要な価値なので、不確実性が高く、何が課題かさえ不明瞭な状況において、その真価を発揮すると考えています。

水上さん

まとめ:「ただ現場を知る」といった単純な話ではなく

ただ、現場をよく知った方が良い……と言っても、おそらく多くの人が「それはそうだろ」と素朴に感じてしまうに違いありません。

人類学的アプローチがビジネスにもたらす真の価値は、「ただ現場を知る」といった単純な話ではなく、参与することで「体験から新たな視点を構築する」ことにあるのだと感じました。

  • 課題解決よりも先に「参与観察」を通じた体験的理解をする。
  • 仮説が「変わる」ことで、より良い選択肢を発見できる。
  • 何が課題かさえ不明瞭な状況でも、判断のための「手持ちのカード」を増やすことができる。

なかなか、簡単にできるようになることではありませんが、複雑で正解がわからない不確実なことほど、人類学的なアプローチが必要だと感じました。

メッシュワーク

note

水上さん X/Twitter


(企画・編集:フジイユウジ / 取材・文・撮影:奥川 隼彦) 取材:2025年4月

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