Agend(アジェンド)

会議やチームコミュニケーションを考える仕事メディア

GitLabハンドブックから学ぶ組織開発―――――『GitLabに学ぶ世界最先端のリモート組織のつくりかた』著者LAPRAS千田和央さんインタビュー

見出し画像、千田さんのアップとタイトル

世界最大のフルリモートワーク企業といわれてるGitLab。
60カ国に分散した約2,000人の社員がフルリモートワークで働いています。

そのGitLabは、バラバラの場所で働く約2000人の社員たちのための組織ルールを公開しています。そのドキュメントは「GitLab ハンドブック」として公開されています。

今回は、そんなGitLab ハンドブックを解説した書籍『GitLabに学ぶ世界最先端のリモート組織のつくりかた』の著者、LAPRAS株式会社の千田さんにお話を伺いました。

(Amazon) GitLabに学ぶ 世界最先端のリモート組織のつくりかた  ドキュメントの活用でオフィスなしでも最大の成果を出すグローバル企業のしくみ



千田さん


【LAPRAS株式会社 HRBP】 千田 和央

東証プライム企業から創業期スタートアップまで人事責任者を歴任。『作るもの・作る人・作り方から学ぶ 採用・人事担当者のためのITエンジニアリングの基本がわかる本』『GitLabに学ぶ 世界最先端のリモート組織のつくりかた』などの著書があり、国内外のITエンジニアに関連する組織づくり・制度設計・採用などの人事領域を専門としている。

フジイユウジ


【Agendインタビュアー】 フジイユウジ

Agend編集長。2011年バンダースナッチを創業。
様々な事業の経営やグロースに携わる中で意思決定のための会議や組織論、チームコミュニケーションに強い興味を持ち、Agendの運営を開始。

世界最大のリモートワーク組織の運営ノウハウが詰まった「GitLab ハンドブック」


フジイユウジ

千田さんが書かれた『GitLabに学ぶ世界最先端のリモート組織のつくりかた』 読みましたよ。
ぼくが買おうとしたタイミングでは、ネット書店はみんな売り切れだったので池袋のジュンク堂書店まで行ったんですが、大量に平積みされてましたよ。すごいですねー

ありがとうございます。
リモートワークをどうすれば良いのか困っている方に読んでいただけているんだと思うので、出版したタイミングが良かったのかもしれませんね。
もともとは自分の会社(LAPRAS株式会社)で組織と事業を成功させて、組織づくりのやり方を体系化したものを独自にまとめて出版したかったんですけど、GitLab ハンドブックを読んでみたら「もうすでに実績も知名度も高いものがあるじゃないか」と(笑)

千田さん

フジイユウジ

社内コミュニケーションや組織づくりについてのすべてを公開してて、読むと圧倒されますよね(笑)
リモートワークについてだけではなく、ミーティングのガイドラインのような業務ルール的なから人事制度まで、パフォーマンスを出すための必要なことが網羅されている。

そうなんです。
GitLab ハンドブックを読んだとき、「これを全て実践できたら上手くいくに決まっている」と思って、自分の会社でも取り入れて実践しました。

千田さん

笑顔の千田さんとフジイ

一方で、これ本当に何千ページってあるんで、これを読んですべてを模倣するってのは難しい。
そこで、自分の会社で実践してわかった点や要点をまとめて『GitLabに学ぶ世界最先端のリモート組織のつくりかた』を書いたんです。

千田さん

GitLab Handbook
2,000人以上がリモートワークで働く GitLab の会社の歴史やコミュニケーション方針、評価制度、組織運営と仕事のやり方など、あらゆる判断基準や業務プロセスが集約された社内ドキュメント。透明性を高めるために全世界に公開され、全従業員が修正・改定可能としている。

ドキュメントやルールは、リザルト(結果)を出すためのツールでなくてはならない。


フジイユウジ

会社組織の運営に必要なことが網羅的に書かれている、とんでもないヤバい知識が全世界に公開されているのを知ってしまった、と(笑)
千田さんは、そのGitLab ハンドブックを読み込んで、自分の所属するLAPRASでも同じようなことをやってみたわけですよね。
やって良かったから書籍を執筆されたんだとは思うんですが、実践してみての大変さとかありませんでした?

テーブルに千田さんの著書を置いて話す千田さんとフジイ


フルリモートに切り替えて、ドキュメント文化になるよう実践しはじめた当初は、それに対する不満が出たり、辞めた人もいたりと問題は出ましたね。
今になれば、その要因もわかるし、どうすれば良かったのかはわかりますが、当時は「これで本当に大丈夫なのか」って周りに言われながらだったので、それが一番大変だったかな……。
でも、GitLab ハンドブックって、もう本当にあらゆる人のパフォーマンスを引き出すってことを一貫してるんで、この通りにやってパフォーマンス出ないわけはない。
徹底するだけだとわかっていたから、迷いみたいなものはなかったと思います。

千田さん

フジイユウジ

あらゆる人のパフォーマンスを引き出せる方法が書かれている……!
ただ、ほとんどのAgend読者は千田さんほど覚悟をもって徹底するまでは難しいと思うので、優先的にやったら良いこととか、第一歩としてやれば良いことから教えてもらうことはできますか?

一番優先度が高いのは、ドキュメント化だと思います。

千田さん

フジイユウジ

ビジョンとかバリューみたいな方針を定める的なことですか……?

それもありますが、抽象的なことというよりも、もっと具体の話で、誰が読んでも解釈の余地がないぐらいの言語化をしたドキュメントを作っていくことです。
どこにいても、どんな価値観の、どういう人であっても、「その会社にとっての貢献」ができるという基準を仕事の道具、ツールとして渡す。

千田さん

フジイユウジ

なるほどなあ。
仕事でパフォーマンスを出すための基準を明確にしてあげるのか。
……とはいえ、ですよ。
「好き嫌いとかの解釈を挟む余地がなく、これをやれば仕事の責任が果たせます」ってのが定義されること自体に反感を持つ人もいるんじゃないですか。
なんでもカッチリ決まってるってことが面倒に感じたり、イヤだって人も多そう。

もちろん、ルールを作った方がいい時と作らない方がいい時のバランスもあるんで、全部をカッチリ決めろという話ではないんですよ。
むしろ、ルールばっかり増えてパフォーマンスに繋がらないってことにならないよう、見直しや調整をするドキュメント運用を継続していくことが大事です。
GitLabも、アクティブにハンドブックに変更を加え続けています。
なによりGitLabはハンドブックに書かれたコアバリューのうち、一番大事なのはリザルト(成果)であるって言ってるんですね。

千田さん

フジイユウジ

おお、このあらゆることをドキュメント化していくのは、結果を出すためのツールだって言い切ってるんだ。
そのコアバリューが、「結果を出すために何をすべきか明確になっているんだから、好きとか嫌いとか言うこともないよ」って強いメッセージになってるんですね。

はい、その通りです。
とはいえ、ドキュメントに書いてあるからと押し付けると失敗しやすいので、信頼関係の構築も大事です。
LAPRASでも切り替えた当初は、すぐには上手くいかなくて。

千田さん

考えこみながら丁寧に話す千田さん

フジイユウジ

そういう「どう上手くいかなかったのか」の話、大好きです(笑)

ドキュメントを読んでもらったり、その価値観の話はもちろんするんですけど、そんなのは2週間ぐらいでみんな忘れちゃう。
普段の仕事やチームのコミュニケーションの中で「あ、これっていいもんだな」って思うことを増やして、だんだんと実感してもらうためには信頼関係の構築が必要なんですよね。

千田さん

フジイユウジ

どんなに正しいことが定義されて「書いてある通りにすれば成果が出せる」と言っても、人には感情がありますからね。
定義はドキュメントにしながら、ちゃんと信頼関係を構築する両輪がそろわないとパフォーマンスは発揮されない、と。

なにより大切なのは、行動や判断をこうすると定義したら、経営者やマネージャーがそれを率先して実行して、体現している存在になれるかどうかでした。
例えば、リモートワークであれば、率先して経営者がリモートでの意思決定をできているかどうかがポイントになるわけです。
経営者やマネージャーが実践できていないときにメンバーはそれを指摘できる雰囲気があるかとか、指摘されてちゃんと改善されるかみたいなことも大事ですね。

千田さん

フジイユウジ

バリューや決めた基準を経営者が体現してないの、形骸化する一番わかりやすいダメパターンですもんね。
そういう組織、100回は見たことあるな(笑)

ルールやドキュメントが形骸化しないための仕組みが必要。


フジイユウジ

こういう組織のつくり方をしていれば、オフィス出勤だろうがリモートだろうが上手くいくっていうのも納得です。
でも、やはりこういった取り組みをうまくやるのは難しかったり、多くの組織で息切れして続けられなくなると思うんですよ。
先ほど、運用を継続するのが大切とお話されていましたけど、継続のためのコツってありますかね?

まずは、形骸化させないためにも定期的にドキュメントの内容に触れる機会をちゃんとつくる。また、それらについて話す機会をつくることですかね。
日々の業務で触れて、実務で使ってこそですから。
あと、アワードというかドキュメントに書かれた内容に関してのメンバー表彰があるとか、評価の基準に組み込まれているみたいなのも、効果あるので良いですね。

千田さん

フジイユウジ

ああ、やっぱり浸透して自然にみんなが使うまでは、そういう取り組みが必要ですよね。

年に1回ぐらい……たとえば「毎年3月」のように時期を決めて、ドキュメントに定めたルールや内容を見直しすることをイベントとしてカレンダーに入れておくのも効果的だと思います。
組織のお祭りとしてやるというか、イベントとして不要なルールをなくした人が賞金をもらえたりとか、 修正をしたら褒められたりすると盛り上がります。
非効率をなくしていく取り組みをやる会社なんだ、このドキュメントはとても大切なんだって社員向けのメッセージにもなるので、組織にしっかり定着するようになると思います。

千田さん

フジイユウジ

うわー、それいいなあ。
決めたけどぜんぜん守られてないルールとかも、そのタイミングで見直しできるし、それを不満に思っていた人たちの気持ちも解消される。
イベントを何回かやったら、ルールの改定とともにどんどん良い組織になっていきそうですね。
全社員のカレンダーにセットしておくのも良さそう。

人には多様性があると理解することが組織にとって一番コスパが良い。


ドキュメントにルールや組織のことをしっかり書くというのに対して、効率が悪いとか、そこまでやらなくてもと言い出す人に対して説明をよくするんですけど。

千田さん

フジイユウジ

おお……その話、聞きたいですね。

人が増えれば、色々な人がいるチームになりますよね。
例えば、自分1人の時間が多いと幸せを感じて、安らぎを得られるタイプもいれば、一方で人に会いに行ったり刺激を得ないと満たされない人もいます。脳科学で内向型・外向型といわれてるやつで。
他にも、まわりで大きな音がしていても、全然気にしない人と、めっちゃ疲れるという人、両方いますよね。
個々人で平気なことやその許容量は違っていて、組織には色々な人がいます。

千田さん

フジイユウジ

それは、すごくよくわかります。

人には個々に様々な特性がありますから、特定条件の人しか活躍できない組織よりも、様々な人たちが活躍できる組織にする方が全体のパフォーマンスを上げやすい。
つまり、人の多様性を理解することって、実は組織にとっても一番コスパが良い。

千田さん

フジイユウジ

うおおおおおお。
人の多様性を理解することが!
組織にとって一番コスパが良い!
あらゆる人のパフォーマンスを引き出すって言うのは、多様性大事だよねっていう理念とか倫理の話ではなくって、人が増えた組織がリザルト(結果)を出すための効果的な手段なんですね
これ、めっちゃ良い話じゃないですか!?!?!?

そうです、そうです。
育った環境が違うことで、文化や価値観も変わりますよね。
失敗に対する考え方とか、良いとされている振る舞い方みたいなものが違う。
この価値観や文化の違いを組織側が埋めてあげないと、仕事のどこをがんばるのかだとか、 ここは気にして欲しいみたいな当たり前のレベルが人によってバラバラになってしまう。
ここを理解して、誰でも結果出せるようにしたら組織にとって一番コスパがいいし、メンバー個々も働きやすい。
GitLabみたいな人数の多いグローバル企業が大事にしているところなんですけど、理解されないかなと思って本には書かなかったんですよ。

千田さん

身振り手振りをくわえながら話す千田さん

フジイユウジ

えー、その話あったほうが理解が深まりそうだけどな(笑)
文化が違う人たちと結果が出せるようにするの、狭義の「カルチャーフィット」よりももう一段階くらいレベルが高い話だ。

自分と他者は違う人なんだから同じ価値観で考えるな、ってことなんかは少しは書いてますけどね(笑)
一昔前は「自分がやってほしいことを他者にやれ」と言われていましたが、「他者がやってほしいことを他者にやってあげる」方が当たり前にパフォーマンスは出る。

千田さん

パフォーマンスが出ている状態を定義せずに、パフォーマンスが出ていないのではと考えてもそれは疑心暗鬼でしかない。


GitLabは、あらゆる人のパフォーマンスを出そうとしているという話をしましたが、逆に「リモートが上手くいかない」って言ってる会社は、意外とメンバーのパフォーマンスについてあまり深く考えていないように思います。
上手く行かないというよりも、パフォーマンスの測り方がわからない。
これ、実際はリモートワークかどうか関係なく、効率の悪さに無自覚なだけなんでしょうけど。

千田さん

フジイユウジ

あー、わかります。
見えていないことで勝手に「あいつ、パフォーマンスがなんか出てない気がするな」って疑心暗鬼になってるだけ。
言ってる本人に疑心暗鬼になってる自覚はなくて、出社して目の前にいて何かしてるってことだけ確認して安心したい。
リモートなら素晴らしい会社になるってわけではないけど、強制出社あるあるだなあ(笑)

だから、リモートであろうとなかろうと、ちゃんとパフォーマンスを測る場や、フィードバックする場をつくらないといけない。
2週間に1回ぐらいマネージャーとメンバーの間で「できていたらパフォーマンスとしては十分といえることは何か」を決める。

千田さん

フジイユウジ

通常業務としてやっている会社からすれば当たり前のことではあるけど、意外とこの「できてたらパフォーマンスとしては十分といえることは何か」をすり合わせするのができてないチームって多いですよね。
マネージャーからやって欲しいことを目標として押し付けるのではパフォーマンスの計測にならないし。

マネージャー観点では目標設定をするのではなくパフォーマンス確認、メンバー観点としては約束できそうなラインをすり合わせする感じですね。
これをクォーター(四半期)とか半年でやって社員の評価に使おうとしちゃう会社があるんですけど、1週間とか2週間くらいの単位じゃないと、ただの目標になって約束できないんで。
短い単位で振り返りをすれば、前のミーティングで決めたことができていない場合も対話やサポートができる。

千田さん

フジイユウジ

どちらか一方が目標を押し付けるのではない形で、この区切られた期間で達成すべきことを「すり合わせ」するの、当たり前に見えるけど実はやれているチーム少ないですよね。
先ほど、どんな価値観のどういう人であっても、その会社のビジネスにとっての貢献ができるツールを渡すとお話されていましたが、この話もまさに個々のパフォーマンスを引き出すためのマネジメントツールですね。

はい。
日本の会社はマネジメント能力がとにかく低いと言われています。
根拠のない個人の経験によるバイアスのかかったマネジメントをやめて、良いマネジメントを行うためのツールを用意してそこのレベルを上げたかったんですよね。

千田さん

笑いながら手を広げて話す千田さん

基本、人間ってダメじゃないですか(笑)
強制だけでも自由すぎるのでもパフォーマンスが出ない。

千田さん

フジイユウジ

人間はダメだから、強制だけでも自由すぎてもダメ。
本当にそうですね(笑)

頑張らなくても誰も何も言ってくれない環境はつらいですよね。
その逆で、頑張っても何も言ってもらえないのもつらい。
個々が自律で動ける健康的なチームを作ろうって思ったら、ちゃんと他者からの影響や健全な対立を組織が用意してあげた方が自律性が高まる。
マネージャーもメンバーも苦しくならない健康的なチームを作って維持するためには、GitLab ハンドブックのようなようなドキュメントや、ドキュメント文化、マネジメントツールが大切なんだと思っています。

千田さん

まとめ: 個人のパフォーマンスを出すために組織ができることはなにか。

個人のパフォーマンスを引き出す、というとルールを減らして自由にやるというイメージを持っている人も多いかもしれません。

でも、実際には組織では個々人が自由にやると、コンフリクトが頻発するだけで個のパフォーマンスも出にくくなってしまう。

今回のインタビューで、会社という多くの他者と関わる集団で個々がパフォーマンスを出せるようにするには、徹底してコンフリクトを減らすための制約を作ることが近道なのだろうなと感じました。

■「どうしたらこのビジネスに貢献したことになるのか」を定義すれば、誰でも活躍できる(少なくとも活躍や貢献の定義がそろう)
■ 個々人の「好き嫌いでの判断」や「根拠のない謎の判断」を減らすことができる
■ あくまでも結果を出すためという価値基準でルールを作り、改定しつづける

また、これらの取り組みは徹底してはじめて効果があるものです。
「GitLab ハンドブックは、あらゆる人のパフォーマンスを引き出すということを一貫していて、この通りにやってパフォーマンス出ないわけはない。あとは徹底するだけだった。」という千田さんの言葉に、徹底できる組織づくりの考え方が詰まっているように感じました。

千田さん X/Twitter


GitLabに学ぶ 世界最先端のリモート組織のつくりかた  ドキュメントの活用でオフィスなしでも最大の成果を出すグローバル企業のしくみ

(企画・編集:フジイユウジ / 取材・文・撮影:奥川 隼彦)取材:2023年10月

新着記事