霞が関から学ぶ、仕事のコミュニケーション────官僚は複雑なステークホルダーをどう調整しているのか?
今回のAgendのテーマは、ステークホルダーの調整。 関わる人たちの納得が得られず資料を書き換え、また根回しの相手を増やす────そんな調整ごとに悩んでいませんか?
そこで、政治家や陳情団体との複雑な調整をこなし続ける霞が関の官僚に「調整ってどうしていますか?」を聞いてみました。
日常で使える仕事のヒントがたくさんのインタビューです。どうぞ、最後の「まとめ」までお読みください。
霞が関さん(仮名)
とある中央省庁でさまざまな部門を経験し、20年以上の官僚キャリアを積んできている。
趣味は映画鑑賞。
(どの省庁で働いているかも含め、匿名でお話していただきました)
【Agendインタビュアー】 フジイユウジ
Agend編集長。
スタートアップやさまざまな事業の経営やグロースに携わる中で、事業を成長させるためのチームコミュニケーションに興味を持つようになり、仕事のコミュニケーションメディア「Agend」を立ち上げた。
「やっていること」も「やっていないこと」も理由を説明できるようにするのが仕事。
今回は「ステークホルダーの調整」というテーマで、中央省庁で働いている霞が関さん(仮名)にお話をお聞きします。
よろしくお願いします。
20年くらい中央省庁で働いています。
2年に一度くらい異動があるのですが、いくつかの政策や制度の担当をしました。
他にも大臣等政務三役含めた幹部のお世話、報道対応、所轄法人への指導・助言、補助金関係業務といったところでしょうか。
あと、所管分野における法人に管理職として出向したこともありますね。
2年に一度の頻度で……異動ごとにまったく別の専門性が必要になるわけですよね。
どうやって仕事するんですか……?
部署を異動する度に、まず担当する分野の過去の国会答弁や想定問答集を読み込みます。その部署に関してよく質問されることや論点を把握するんですね。
国会などで問われるということは、社会的な関心が高いということでもあるので。
役所というのは「やっていることも、やっていないことも全て理由を説明できなければならない」ということを求められるので、どう説明するか、何を言っていいのか、どんなことを言ってはいけないのかなど、判断基準を持つことからスタートします。
異動によって、新しいステークホルダーとの信頼や関係性構築が求められることが多いので、円滑な業務遂行のためにもコミュニケーションをとるべきテーマや課題を把握しておく必要があります。
何事も説明できるようにするのが官僚としてのスキルってことになるんでしょうね。
その領域のホットなテーマや課題を把握したり、使う用語をインプットをするのがコミュニケーションの準備になるという考え方は、他の仕事でも参考になりそうです。
これ、官僚を長くやっていくうちに自然に身につくものなんですか?
時間はかかりますけど、若手のころから「役人の仕事のやり方」を叩き込まれるから、教えられて学んでいくんですよ。
異動によって専門性は変わるんですけど、仕事のフォーマットは同じだから困らないというか。
なるほどー
勝手なイメージだけど、コンサルの人に似てるかもしれない。
似たところはあるかもしれませんね。
仕事のフォーマットというのが、なにかと言うと「現状・課題・解決策」なんですよ。
特定の専門性を持つのではなく「やり方を共通化した型」にして、頻繁に異動があっても対応できるってのは理解できます。
「現状・課題・解決策」というのは、具体的にはどう使うフォーマットなんです…?
例えば厚生労働行政であれば、いままで健康・医療分野の業務を行っていたとしても、次は福祉・介護分野や雇用・労働分野が仕事になったりするわけです。
そこで、先程お話した通りで、まずは担当する領域について現状どんなことが課題・問題とされているかを知ることからはじまります。
現状を詳細に知るためには n=1 みたいな個人の感想じゃなく、調査が必要です。
統計法にもとづくカチッとした調査から関係団体へのヒアリングなど、調査方法はさまざまなんですけど。
その調査結果から用意した解決策を関係者や有識者の方に見てもらって、「ここが現場感覚と違う」とか「こんな問題がある」といったご意見を聞きつつ方針を調整していくんですね。
課題化できるまで現状を深堀りして調査したり、関係者からはどう見えるのかを繰り返すんですね。
現状把握・課題化・解決策のそれぞれのフェーズで時間をかけて関係者と内容を磨き込んでいくってことですね。
そうですね。
ある人にとっては良い解決策だとしても、長期的に見たら別の人に新しい問題を作ってしまうかもしれない。
繰り返し探っていくことで、さまざまなケースを想定した解決策を見つけ出す手法がフォーマット化されているんです。
全員の納得は得られないから「まあまあ均等に叩かれるくらい」という落とし所がある。
制度とかガイドラインをつくるプロジェクトって、バラバラの意見を持つステークホルダーが集まりますよね?
政治家だとか市民団体だとかから n=1 っぽい個人感覚の意見がたくさん来そう……
そうですね。
どのテーマでも、「自分なりの正しさ」を持っている人がたくさんいるので、全方位的に満足してもらうのは難しいです。
誰かが極端に得をしたり、極端に損をしていない状態を落とし所にして、「その落とし所にしたのはなぜか」を説明可能にする。それが役人としてやるべき、現実的な仕事なのかなと思います。
あっ、これ面白い。
よく、「どうお互い分かり合うか」みたいな話になりがちだけど、国の行政とか多数のステークホルダーがいるプロジェクトでは「分かり合えない前提で、落とし所をどうするか」で進めていくってことですよね。
これ、分かり合うことを良しとしている現代の仕事だと、逆に見落としがちな観点かもしれません。
変な話かもしれませんけど、自分の利益になることをして欲しいっていう人の方が話し合えるんですよ。
「補助金がほしい」とか「うちを特別扱いしてくれ」と言われた場合も、その理由に妥当性があって、広く国民の利益につながるのであれば、法律とかルールの中でやれることかどうかで判断します。それであれば、説明も可能です。
難しいのは、あまりに極端な意見を持って「自分のことはどうでもいいが、この国のためにはこれが絶対的に正しい」と考えている方や、意見が対立している相手に対して過度に排他的だったりする人たちとの話し合いですね。
国の立場として、後戻りのできない社会実験をするようなことはなかなかできないわけで。
「俺はこうあるべきだと思っている」って意見のほうが、メリット・デメリットの比較だけでは調整つけられないから大変ですよね。
国のことって、前に進んでも後ろに行っても、別のどの方向に行っても、誰かからは怒られそう……
すべての役人がそう思ってるわけではないですが、色々なところから「まあまあ均等に叩かれているくらい」が、バランスが取れている状態なんじゃないかと思ってます。
「均等に叩かれてるくらい」ってのは、昔の上司から教えてもらって響いた言葉なんですけど。
おおおーーー
均等に叩かれるくらいって感覚、面白い。
「分かり合えない前提で、落とし所をどうするか」って話の究極系っぽい話ですねえ!
なぜそうしたかを説明できるようにすることと、極端に誰かが損しないような落とし所を目指すと、自然と「均等に叩かれるくらい」になるのかもしれないですね。
そうですね。
物事ってだいたいトレードオフなので、ある人の正義を通すと、別の人が傷ついたりする。
でも、「誰からも叩かれない」を目指すと、本当にどこにも行き着かないので、ある程度は叩かれることも仕事のうちだと割り切る。
そうしないと、物事が前に進まないですから。
その割り切り方って、もしかしたら大きなプロジェクトや複雑な組織でやってる人にはすごく救いになるんじゃないですかね。
「みんなの納得」を目指さなくてもいいんだ、と。
「整理と根回し」を使って、意見がバラバラでも前に進めていく。
しかし、国の行政で「均等に叩かれるくらい」を目指すのって、めちゃくちゃ大変そうな気がしてきました。
省庁の官僚のみなさんがコツコツやってきたのに、政治家がちゃぶ台返ししてくるみたいなことってあるんですか?
でも、ちゃぶ台返しなんて、本当にレアなんですよ。
例えば法案審議にしても、ニュースで大きく話題になる賛否両論のテーマでなければ、野党の先生方も「反対ばかり」なんてこともなく、きちんとご納得されて法案を採決していただくことが多いです。
もちろん事前に十分ご意見はうかがって、与野党で協議しながら取り入れられるものは取り入れるというプロセスを事前に踏むことが大事で。
それを調整するのが役人の仕事だと思っています。
「均等に叩かれるくらい」を目指すって言っても、落とし所を決めて法案とか発表するだとかのゴールまで持っていかないと仕事として成立しないですもんね。
かといって、勝手に落とし所を決めて強引に進めることは許されないわけじゃないですか。
意見がバラバラのままな人たちの落とし所を決めてゴールまでの導いていくの、調整プロフェッショナルすぎる……。
若手のころからジョブトレーニングとして、説明や調整の仕方を身に着けていく仕事ですからね。
私も若いころは全然できなくて、役所に入ってから説明スキルや思考の仕方を鍛えてもらったなと思います。
体感として役人が仕事で一番使う言葉は「整理して」というものだと思うんですけど、
これがなにかというと、先ほどもお話した「現状・課題・解決策」のことなんですね。
データやエビデンスもしっかり積み上げて、現状どうなっているかという事実関係を把握する。それから、どのような課題があって、解決策はどのようなものがあるのかを徹底して整理するわけです。
課題と言っても、変える場合には制度変更が必要になる大きなものもあれば、手順の変更といったテクニカルな対応で解決できるものもあります。また、課題とされているけれど、そもそも本当に解決すべきことなのかを検討しなおす場合もあります。
それらを切り分けて、解決できるかどうか、それに伴う対応コストがどうか、そうした場合のベネフィットは何かを総合的に考える作業のことを「整理する」と呼んでいるんですね。
なるほど。
若手のころから、そういう「整理」をひたすらやってるわけですか。
社会課題の現状・課題・解決策を「整理」していく中で、上司やステークホルダーからの反論とかツッコミを受けて、説明だとか調整が上手くなる経験を積んでいくんでしょうねえ。
これは鍛えられるわ。
若手のうちは、議員秘書とか陳情団体の方に説明する機会をもらって経験を積んでいきます。
それから、係長になると野党の先生に説明することもあったり、補佐や室長になると与党の先生に説明することもあります。
課長や局長になると、大臣や与党幹部に直接説明するようになるって感じで、段階を踏んで経験を積んでいくんですね。
そういう「根回し」の話をするとき、よく「平場」って言葉を使うんですけど。
ステークホルダーがみんないるような場ってことです……?
そうです、そうです。
ステークホルダーがみんないる平場の会議なんかで、根回しなく平場でバッと資料を見せたりすると収集つかなくなりますよね。
ステークホルダーとしては、「初めて見る資料」。しかも、会議資料になっていると参考資料も含めると大部に及ぶ。
例えば、業界団体の方にそれをいきなり見せてしまったら、業界の代表として言うべき意見を言ってもらうのが難しくなると思います。
そうすると、ともすると思いつきみたいなコメントをされてしまいますし、非生産的な時間になってしまう可能性が高くなります。
民間だと「会議のための会議はするな」って言われますけど、さまざまな意見を持つステークホルダーがいるプロジェクトでは事前の根回しをしてなかったら収集つかなくなるわけですね (笑)
役所ではそれが普通ですね。
出向先で「いきなり初見の資料が出てきて議論する」みたいな会議に参加したことがあるんですが、非効率というか、スピードが遅いなと感じました。
一般的には、根回しばっかりしてるのは遅いってイメージありますけど、実はそれが最短だからやってるって話なのかもしれませんね。
バラバラの意見を持ったステークホルダーがいるプロジェクトでは根回し抜きに前に進むことはないんでしょうね。
平場にバッと投げちゃうと、声が大きい(発言力がある)人が反対したときに進まなくなるわけじゃないですか。
事前の根回しで説明させてもらえれば、 反対意見が出ても「仰る通りですね。その問題にどう対応するか資料に加えます」って返しつつ資料に入れ込んでいくことができる。
これを繰り返して、落とし所と説明の仕方を調整していく感じですね。
それであの
霞が関パワポとか、霞が関曼荼羅って言われる説明資料が生まれるんですね〜
「落とし所」と「説明の仕方」を探索していくって、本当に大事なことですねえ。
私も調整とかすり合わせに自信があるわけではないんですけど、役人としてのベーシックな思考のフォーマットだとか、業務の進め方が「型」になってるので、一定程度やれているのではないかと。
あと、重要なのはワーディングを磨くことです。
相手と話すときにどんな言葉を選ぶかが役人としての重要スキルですから、徹底的に磨いていく必要があるんです。
例えば、政治家から「飲食店で不衛生な行為をした動画がSNSに投稿される問題をどうにかしなさい」と強めに言われたことがあります。
個別のSNS投稿について国から細かく制限することもなかなか難しいわけですよ。
それはそうですよね (笑)
そういう政治家の言ってることって無視しちゃダメなんですか?
国会議員は国民の代表で、それぞれのお考えがありますから、スルーすることはないです。役人は説明するのが仕事なので、必ずなんらかの説明はしますね。
そこで「ウチの仕事じゃないんで」とか「それはやりません」って言い方をしてしまうのは、説明が下手ってことなんですよね。
「先生のおっしゃる通りですね。そうした行為がされないような普及啓発が必要ですね。とはいえ、例えば強制されてそのような行為に及んでしまった可能性だとか、個々の背景を確認して対策をする必要がありますね」といった形で、軸を少し変えて説明したりします。
それでワーディングが重要って話が出てくるわけですか。
同じことを言うのでも、相手にどう伝えるかの引き出しを増やすとか、伝え方を磨いていくわけですね。
他には、ある市民団体の方たちに「けしからん!」と詰められたことがあるんですね。
机を叩きながら怒鳴られたり、数十人に囲まれたりしたんですが。
そこで、「目指す理想像は同じですよね。皆さんも世の中をよくしようと思われて活動されていると思いますが、私も同じです。進め方の考え方やアプローチが違うだけでゴールは一緒です」と言うようにしたら、こちら側の説明を聞いてもらえるようになったことがあります。
さまざまな人が、それぞれの「この方が社会が良くなる」という信念と正義を持っているわけです。
それに対して、役人としては「間違っている」とか「違います」と言うことは基本的にないんです。
「ここまでは分かります。ただ、こういう立場の人もいて……」っていう話を積み重ねていく。
今日は何度か同じ話をしていますが、相手に合わせてどんな言葉を選ぶか、どう説明するかが役人としての仕事スキルなんですよ。
まとめ: 「みんなの納得を目指さない」調整技術。
ステークホルダーの意見がバラバラでまとまることがない霞が関の仕事におけるコミュニケーション術、それは「均等に叩かれるくらい」にする判断力、説明力、調整力に支えられていました。
民間の仕事でも全員の納得を得ることが難しいような局面は多々あります。ぜひ、そんなときにはこの記事で語られた霞が関さんの言葉を思い出してみてください。
- まずは「整理」:現状・課題・解決策で、議論の土台を揃える。
データやエビデンスを積み上げて「なにが論点で、なにが論点じゃないのか」を切り分ける。個別の問題か、行政が取り組む構造の問題かを見る。
- いきなり「平場」に出さない:事前にすり合わせて、論点を出し切る。
さまざまな意見を拾って資料に反映し、落とし所までの道筋をつくってから全体会議に持ち込む。その積み重ねが、結果として「まあまあ均等に叩かれるくらい」のバランスになる。
- 最後は「説明」:やる/やらないのどちらの理由も説明できる状態にする。
一方的に進めるのではなく、「なぜそうするのか」を相手に合わせた言葉で丁寧に伝えることが、調整を前に進める技術になる。
(企画・編集:フジイユウジ / 取材・文・撮影:奥川 隼彦)取材:2025年11月