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リーダーシップ教育の研究者が辿り着いた、パラドックス思考。

リーダーシップ教育の研究者が辿り着いたパラドックス思考

日々の生活やビジネスの場で発生する「AもBも正解ではないが、どちらか選ばないといけない」というシチュエーション。そういった答えのない問いに我々は日々悩まされていないでしょうか?

今回は、そんな矛盾と向き合うために必要となる『パラドックス思考』について、立教大学でリーダーシップ教育を研究している舘野先生にお話を伺いました。

舘野さん


【立教大学経営学部 准教授】舘野 泰一

立教大学経営学部 准教授 / 株式会社MIMIGURI リサーチャー。
1983年生まれ。青山学院大学文学部教育学科卒業。東京大学大学院学際情報学府博士課程単位取得退学後、東京大学大学総合教育研究センター特任研究員、立教大学経営学部助教を経て、現職。
専門分野は、リーダーシップ教育、ワークショップ開発、越境学習、大学と企業のトランジション。

フジイユウジ


【Agendインタビュアー】 フジイユウジ

Agend編集長。2011年バンダースナッチを創業。
様々な事業の経営やグロースに携わる中で意思決定のための会議や組織論、チームコミュニケーションに強い興味を持ち、Agendの運営を開始。

リーダーシップ研究から気づいた「矛盾の解消」ではなく「矛盾を受け入れる」重要性。


舘野さん

フジイユウジ

本日はよろしくお願いします!
早速ですけど舘野先生がどんなことをされているのか教えていただけますか?

私は今、立教大学経営学部でリーダーシップ教育についての研究をしています。若年層のリーダーシップをどう育むと良いかに向き合いつつ、社会人向けにも研究知見をもとにリーダーシップに関するレクチャーもしています。

舘野さん

フジイユウジ

リーダーシップは定義やスタイルも色々だと思いますが、ご専門はどういったものなんでしょう。

学生などの若年層に向けてまず伝えているのが「リーダーじゃなくてもリーダーシップを発揮することはできる」ということです。これは学術的にはシェアド・リーダーシップと呼ばれています。

舘野さん

フジイユウジ

リーダーという役割でない人たちも、姿勢としてのリーダーシップはみんなが持つことができるって考え方ですよね。

パラドックス思考』という本を最近書いたんですが、これまで研究してきたリーダーシップ論をもう一歩発展させていくためにはパラドックスと向き合わないといけないなという風に思ったっていうのがありまして

舘野さん

バラドックス思考"

フジイユウジ

『パラドックス思考』すごく良かったです。「AかBか」で迷っているとき、複雑な問題の背後にある矛盾した感情(感情パラドックス)を受け入れることで、AかBかの二項対立から抜け出して「新しい答えC」を見つける可能性が出てくるというのは大事な考え方だなと思いました。
リーダーシップ研究とパラドックス思考は、どういう風に繋がって本を書くに至ったんですか?

例えば、みんなでリーダーシップを発揮するならリーダー不要だとか、組織に階層を作らない方が良いといって、シェアド・リーダーシップに触れた人が極端に考えてしまう場合があるんです。
その結果、意思決定や責任の所在があやふやになり機能不全におちいる。

舘野さん

フジイユウジ

ああ、リーダーという役割自体は必要なのに、どこかでリーダーが不要な組織の話に変わっちゃうというのは、よく起こりそうですね。
シェアド・リーダーシップの複雑さをそのまま受け入れるような『パラドックス思考』が必要、という風に考えがつながったってことですか?

はい、そうですね。
また別のリーダーシップ論として、リーダーの立場で自分らしさを持ったリーダーシップを発揮していくオーセンティック・リーダーシップというものがあるんですね。
しかし、「自分らしさ」というのは固定したものではなく、これも揺らぎながら発揮するものだよなと。
リーダーシップは曖昧さや矛盾を含むものであることを、うまく説明できていないという課題感を持っていたんです。

舘野さん

フジイユウジ

なるほど。
そういった複雑さや曖昧さが大切なものも、つい単純化したり、自分がいま持っている尺度で理解しようとしてしまいがちではありますよね。

「矛盾」について考えていく中で、海外ではパラドキシカル・リーダーシップという考え方が提唱されているのを知ったんですね。
良いリーダーは個別化と均一化の両方を施策として実行している、という事例が紹介されており、これからのリーダーシップには欠かせない観点だと腹落ちしたので、パラドックスというテーマで執筆しようと(もう一人の著者である)安斎さんと2人で話して決めました。

舘野さん

フジイユウジ

「良いリーダーは個別化と均一化の両方を施策として実行している」、これとても納得感あります。
そういえば、書籍『パラドックス思考』は、リーダーシップの本ではなく、日々の仕事やプライベートでの判断など、多くの人が矛盾した自分や社会と向き合うための考え方という内容になってますよね?

そうです。パラドキシカル・リーダーシップだけだと、どうしてもテーマとして狭くなりすぎてしまうので、「矛盾を受け入れるための自己受容と、それをアイデアに活かすような姿勢」という広いテーマで執筆して、多くの人に届けられる内容にしています。

舘野さん

パラドックス思考 ─ 矛盾に満ちた世界で最適な問題解決をはかる / ダイヤモンド社

ポジティブさを大切にし過ぎたチームで何が起きるのか。

舘野さん写真"

フジイユウジ

このメディア(Agend)は、チームコミュニケーションがテーマなんですけども、会社組織とかチームにおけるパラドックス思考の大切さについても書籍の後半に書かれていましたよね。
とはいえ、社長が「みんなパラドックス思考を持てい」って号令をかけたらそうなるってわけでもないと思うんです(笑)
企業や仕事のチームにパラドックス思考を浸透させる方法ってありますかね?

組織にパラドックス思考をインストールするのは簡単ではないですが、第一歩として「チーム内にネガティブな感情もポジティブな感情もそれぞれあるよなぁ」という当たり前のことをチームメンバー全員が受け入れることだと思います。

舘野さん

フジイユウジ

あああ、なるほどー!
組織内の矛盾や感情が「現実に存在するんだ」ってことを明確に全員が認識をそろえるなんて、できてる会社なさそうですもんね。意識すらしていないかもしれない。

執筆する内容を検討しているときに、当初は遊び心を持った活動で人を巻き込むような「プレイフル」というテーマでも考えていました。
ただ、それだとポジティブであらねばならないという印象にとらわれるなと思いまして。

舘野さん

フジイユウジ

あっ。ポジティブであるべきだと考えすぎると、ネガティブという感情が存在することを認められなくなる……?

そうです。パラドックス思考では、「変化することに怖さも感じるし、同時にワクワクする気持ちもある」と両面の感情があることを前提にしますから。

舘野さん

フジイユウジ

うわー、それめちゃめちゃ分かります。
ポジティブな意見や感情しか存在していないかのように振る舞ってしてしまう経営者とかマネージャーいますよね……本当はチーム内に両方の感情があるけど見ないフリをしている……。

そうです。感情パラドックスがある前提を理解していないと、AかBかという対立が起きてしまうんです。
チーム全員で対話をして、Aという感情とBという感情があるよねと認め合うということで、対立しない状態にできる。その上で、AとBを両立できる戦略を描けるのかを話し合えるのが理想です。
感情の共有ができることで、単純な二項対立の罠からは抜け出せるはずです。

舘野さん

フジイユウジ

なるほど。ひとりの人間でも「変わりたい」と「今のままが良い」という感情があるわけですから、組織の中の多様で複雑な感情を「ネガティブなのはダメ」とか否定するのではなく、そもそも存在するものとして扱って話し合えるようにするんですね。

舘野さん写真"

「成長企業が失速するとき、社員に”何”が起きているのか?」という本があるんですが、組織が変わるタイミングで2つのことを順番を守って話せという内容があるんです。
その内容のひとつ目が「変化に対して、何がもっとも心配かを話せ」というもの。ふたつ目は「変化に対して、何がもっともワクワクするかを話せ」というものです。
心配な要素を洗い出してから、可能性を見いだすことで現実的な楽観主義を醸成できるんですね。
一方でこうも書かれています。「問題があると誰もが知っているのに肯定的なイメージしか提示されていないと、経営層やリーダーが従業員達を欺こうとしているかの印象を与えかねない。」

舘野さん

メッセージは従業員にとって現実味のあるものにしなければならない。単に根性論でたきつけたり、「私たちは偉大になるだろう」といった根拠のないメッセージでは意味が無い。経営層やリーダーは、従業員に対して彼らや会社がおかけている現実をはっきり述べる責任がある。リアルでなくてはならない。それこそ従業員が望むことだ。

問題があると誰もが知っているのに肯定的なイメージしか提示されていないと、経営層やリーダーが従業員達を欺こうとしているかの印象を与えかねない。

引用元:成長企業が失速するとき、社員に“何”が起きているのか? / 日経BP

フジイユウジ

問題があると誰もが知っているのに肯定的なイメージしか提示されていないと、経営層やリーダーが従業員達を欺こうとしているかの印象を与えかねない。
……なるほど……過去の自分の経験を振り返るとものすごく刺さる言葉です。いま、とても深いダメージを負いました……(笑)

引用元:成長企業が失速するとき、社員に“何”が起きているのか? / 日経BP

パラドックス思考で、安直な答えに飛びつかない強いチームを目指す。

フジイユウジ

チームメンバーに「上司と真逆の意見を言っても良いよ」とか「ポジティブな感情も、ネガティブな感情もみんな出していこう!」とか言っても、みんな怖がって出してこないってことは、よく見かけますよね。みんなが言わないから自分も言わないというように強化されていく。
パラドックスを受けられるチームを作ろう、お互いの矛盾をもっと受け入れようというメッセージってどう発信していけば良いですかね?

舘野さん写真"

それはいい問いだと思います。
矛盾があるのを受け入れられるチームを作ろうと伝えるだけではなく、ツッコミが上手くなると良いのかもしれません。社長であろうと新人であろうと誰にでも矛盾があるので、その矛盾に対して鬼の首を取ったようなリアクションをしないで、ハリセンで優しくツッコミを入れるような感じ。

舘野さん

フジイユウジ

ハリセン!(笑)

一貫性がなかったり、言行一致していないマネージャーに対して、本人に言わないにしても鬼の首を取ったようにダメだと断じたり、メンバーに対しても同僚や上司から矛盾を厳しくツッコミが入れられたら、それは辛いですよね。
その矛盾をスルーしてなかったことにするのではなく、ツッコミ入れられた方も辛くないようにハリセンで優しく受け入れるツッコミができると良いんじゃないかと

舘野さん

フジイユウジ

あー。そういうチームメンバーがいるとみんな気楽になれますよね。自分の体験からも凄くわかります……!

良いリーダー/マネージャーでなくてはならない、を捨てる。


舘野さん

フジイユウジ

『パラドックス思考』を読んだ感想として、自分の感じ方や判断を見つめ直す、メタ認知トレーニングの本だな、と思いました。

はい。チームでもお互いの認識を深めることって重要ですよね。
自己認識は、内的自己認識と外的自己認識の2つに分けられます。
内的自己認識とは、自分で自分のことをどう理解しているか。外的自己認識とは、自分のまわりの人が自分のことをどう見ているか、ということです。

舘野さん

参考書籍:insight(インサイト)――いまの自分を正しく知り、仕事と人生を劇的に変える自己認識の力 / 英治出版

フジイユウジ

自分視点と、他人からの視点それぞれを知る必要があるってことですね。

はい。特に外的自己認識は自分だけではわかり得ない情報なわけです

舘野さん

自分は認知できていないが他人からは見えている自分の性質のことを「盲点の窓」と表現されますが、マネージャーや経営者がそれを知るにはチームメンバーから協力してもらう、教えてもらう必要があるわけです。お互いの認識を深めるというのは、こういうことだと思います。

舘野さん

ジョハリの窓による自分×他人の気付いている×気付いていないマトリックス

対人関係における気づきのグラフモデル「ジョハリの窓

フジイユウジ

おお。だからこそ個人もチームも、パラドックス思考をもって状況を受け入れる力が必要になる……

そうなんですよ。マネージャーが自分1人の判断力だけでは解決できないというあきらめを持てば受け入れる力を発揮できるんです。リーダーやマネージャーとしての理想像をあきらめて、失敗できないという気持ちから抜けだす。パラドックス思考はあきらめと希望でもあるんです。
矛盾を受け入れるからこそできることがあるので、理想の姿であらねばならないだとか「俺はマネージャーとして上手くやらねば」と思い過ぎててはダメだと思うんですよ(笑)

舘野さん

あきらめと希望でリーダーシップを発揮する


舘野さん写真

フジイユウジ

今日はありがとうございました。
上手くやらなくてはならないという気持ちを捨てて、あきらめるところから希望が生まれるというお話、とても共感しました。

矛盾を矛盾のまま一旦受け入れることができれば、立ち止まって考えることができるようになるんですよね。
『パラドックス思考』を通して、全てのマネージャーに”無理ゲー”を攻略するきっかけを提供できていればいいなと考えています。

舘野さん

まとめ:「どちらかを選ぶのではなく、よりよい答えを目指すために矛盾を受け入れる」

矛盾を受け入れて強くなることができる『パラドックス思考』。

書籍はリーダーシップや組織についての内容ではなく現代を生きる思考法といった内容ですが、リーダーシップ教育の研究から気付いた課題から生まれたというだけあって、複雑性や矛盾を抱えながら進む事業チームのコミュニケーションに活用・実用できる考え方でした。

1. チーム内の感情パラドックスを対立させず、無視もせず、受け入れる。
2. それらを両立する戦略を描けるのか話し合う。
3. A or B ではなく、新しい C を生み出す(ことを目指す)。

チームメンバー全体がこういった思考方法に慣れることができれば、強いチームを作ることができる。そこにある感情をないもののように扱うのではなく、事実を受け入れて新しい答えCをみんなで生み出す力を鍛えていきたいと思います。

余談ですが、実は舘野先生はスプラトゥーン(ゲーム)が大好き。インタビュー後にスプラトゥーンを使ってマネジメントスタイルを解き明かすことができるという話で盛り上がりました。舘野先生のAgend登場 第二弾があれば次はスプラトゥーンを使ったワークショップで何かやりたいです!

パラドックス思考

note – Yoshikazu TATENO

Twitter – 舘野泰一 / Yoshikazu Tateno

(企画・編集:フジイユウジ / 取材・文・撮影:奥川 隼彦)取材:2023年3月

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