「心理的安全性」という言葉が広まった今、我々はどう心理的安全性と向き合うか────『心理的安全性のつくりかた』著者、石井遼介さんに聞く。
この数年で「心理的安全性」という概念はチームや組織を語るのに不可欠になりましたが、まだまだ「心理的安全性があります」と自信を持って言えるチームは少ないのではないでしょうか。
「心理的安全性」という言葉が広まった今だからこそ、改めて我々はどう心理的安全性に向き合ったら良いのか。『心理的安全性のつくりかた』著者の石井遼介さんにお聞きしました。
石井遼介
『心理的安全性のつくりかた』著者。株式会社ZENTech代表取締役。一般社団法人日本認知科学研究所理事。慶應義塾大学システムデザイン・マネジメント研究科研究員。
心理的安全性の計測尺度・組織診断サーベイを開発すると共に、ビジネス領域、スポーツ領域で成果の出るチーム構築を推進。
【Agendインタビュアー】 フジイユウジ
Agend編集長。
スタートアップや様々な事業の経営やグロースに携わる中で、事業を成長させるためのチームコミュニケーションに興味を持つようになり、仕事のコミュニケーションメディア「Agend」を立ち上げた。
『心理的安全性のつくりかた』によって、マネジメントに「新しい手札」が増えた。
「心理的安全性」という言葉は、もはや知らない人はいなくなりましたよね。
石井さんの『
心理的安全性のつくりかた 』が爆発的に売れて、刊行の2020年から4年が経ちましたけど、著者の石井さんから見て、この4年間で景色はどう変わりました?
4年前は本当に流行語、バズワードとして扱われていましたよね。
心理的安全性が「何か」という WHAT の部分をそもそも理解したいというのが4年前の景色だとすると、4年経過した今は実践のフェーズに移っていると感じていて。
流行ってるキーワードだし、どういう概念か詳しく知りたい……という状況から、どう実践するのかって変わってきてるんですね。
はい。
成果に向けて、行動や制度を変え、組織を変えるフェーズです。
マネージャーはどう行動を変えていったらいいのか。どうメンバーとコミュニケーションを取っていったらいいのか。どういう会議体だったり制度やルールを作っていけばいいのか。
出したい成果や、ありたい組織状態に向け、具体的に何をするのかというフェーズが今なのかなと思います。
心理的安全性に取り組むと緊張感や真剣さが失われるとか、ぬるま湯になる……なんて誤解をしてる人も数年前まではよく見かけたけれど、もう絶滅危惧種なのかな (笑)
この4年で心理的安全性がどういうものか、誤解されている方はかなり減りました。
特に組織施策、人事施策を考える立場の方は、もはや組織内で「誤解を正す側」ですね。
心理的安全性という言葉が広まるだけではなく、概念も正しく理解されるようになってきたんですね。
とはいえ、心理的安全性という字面から「メンバー(部下)の言うことを全部聞かなきゃいけないんでしょうか」と質問が出たりすることもまだまだあります。
そういった際に、よくお示しするのがこの図です。心理的安全性と仕事の基準を、高いレベルで両立させることが重要ですよね。
組織やチームコミュニケーションに取り組んでる人なら100回は見ている「ヌルい職場の図」だ (笑)
出典:Edmondson, A. C. (2018). The fearless organization: Creating psychological safety in the workplace for learning, innovation, and growth. John Wiley & Sons. より石井遼介 翻案・改変
それにしても、今や「心理的安全な環境がないと成果を出すためのパフォーマンスが発揮されない」って話が当たり前の世の中になりましたけど、以前はこれが当たり前ではなかったわけですから、世の中を変えた一冊と言えますよねえ……!
「社員はプレッシャーをかけて、緊張感を持たせて頑張らせるもの」という方法しかないと思い込んでいた人たちに別の選択肢を提示したというか。
それって、多くのマネージャーにとって「厳しくする」以外の手札がなかっただけなんですよね。
厳しく叱責するのって大変だし、労力もかかるし、意外と成果に繋がらないし。でも、手札がそれしかなければ、そのカードを切るしかない。
厳しくすることしか選択肢がない世界では、メンバーの方も「上の言う正解に向かって、言う事を聞きます」という態度になるしかなかった。
その手札しかなかった状況に、みんなが理解できる『心理的安全性』という新しい手札が出てきた。
はい。
それに加えて、世の中の変化も大きいと思います。
世の中の変化が緩やかで、上司や経営陣の知っている「正解」に向けて、レールの上を速く・正確に・できれば安く働いてくれればよい、という世界観であれば「厳しくして言うことを聞かせる」というやり方も成果を挙げたでしょう。
「厳しくするだけ」では現代では成果を出しにくくなっていて、別のうまくいくやり方が見出せそう、と変わってきてるんですよね。
現在のように変化が激しくて正解がわからない時代、正解が移り変わる時代には、メンバーに「言う事を聞いてもらう」のではなく、多様なメンバーからヒントや意見を出してもらい、軌道修正しながらも前に進むことが大切になってきています。
それで心理的安全性へのシフトが起きているのが現在地なのだと思います。
心理的安全性は自然発生するものではなく、人為的に無理やり作り出すもの。
とはいえ、「ウチは心理的に安全です」というチームはまだまだ少ないじゃないですか。
言葉としては広く知られたものの、実際には「ウチには心理的安全性がないんで」とか、ネガティブな意味で使われてることが多くないですか?
つまり、心理的安全な状態をつくるのって、概念を知ったからできるってことじゃないのでは???
めちゃくちゃ難しいことなんじゃないか、って思うんですよ。
おっしゃる通りで、講演や研修でも「心理的安全性は、良い人を集めたら自然にできるようなものではなく、人為的に無理やり作り出すもの なんですよ」っていう話をよくしています。
うおおおおお!
このインタビューは「自然に雰囲気が良くなるみたいなことではない。人為的に無理やり作り出すもの」って話を石井さんの口から聞けただけで意味があります。
ある人が自分なりに「良かれ」と思ってやってることがチームや周囲にとっては「あまりよくない」ことって、時折ありますよね。放っておくと、そういうことが積み重なっていく方が自然なので。
だから、良い人たちを集めたら自然にできるようなものではなく、「人為的な取り組みとして」みんなで行動を変えていくことが重要だとお伝えしています。
自然に任せると悪くなる方に流れていくことが多いって、実感としてすごくわかるなあ。
やっぱヒトが集まってチーム化されていない集団って、心理的安全性が「ない」のがデフォルト(標準の状態)で、さらにその集団をそのままにしておくとより悪い方にいくものだってことを意識しておく必要ありますよね。
そのとおりです。
逆に言えば、いま集団が良くない状態だったとしても、そこに誰かの悪意を読み取りに行く必要もない んですよね。
「私のことを軽んじているから、メンバーが会議で発言しないんだ…」ではなく、単に自然に任せた相互作用の結果、発言しづらい状況になってしまっているというか。
あー、そういうシチュエーション、あるなあ。
人為的な変化を起こさずに自然の流れでいったらこうなってしまっただけなのだから、個人の発言に悪意を見出さなくていいんだって話もとても良いですね。
で、じゃあどうすればいいのか?ということなんですが、もちろんいろんなフレームワークとか、理論に基づいた考え方とか、オススメしたい声かけとか、導入してほしい仕組みとか、様々な手はあります。
その中で、誰でもはじめられるひとつのアクションをご紹介するとしたら、シンプルに「役に立つ行動がとれているかを振り返る」っていう、それだけなんです。
例えば「メンバーにやる気を出してほしい!どんどん自分の意見を言ってほしい!もっと独りで自発的に行動してもらいたい!」と考えて、「あなたのためを思って言うんだけどさ」と、叱責をしたとしましょう。
多くの場合、このような叱責はうまくいかないことが多いです。
そこで、狙い通りの結果になっていなければ、別の伝え方、別の行動を試す というようにしてみる。
「思い通りにならないのはメンバーのレベルが低いから」って考えちゃう上司が多いから、その叱責が強化されたり、こいつはダメだとレッテル貼りになりがち……
思ったような変化が起きていないのであれば、どれだけ相手のためを思っていたり、どれだけ善意だったりしても、残念ながら「機能していない声かけ」になっているわけですよね。
「ふだんの仕事」でも、施策が思ったような効果を出していなければ、どう変えるかを考えてるはずなんですよ。
たしかに。
売上を上げたりするためなら成果が出なければ別の施策を試すってことをやっていても、社内コミュニケーションでそれをやっている人は少ない。
そうなんです。
うまくいっていないことが自明の時でさえ、自分でも「よくなかったな」と思うときでさえ、同じ行動パターンが継続することが見られます。
わかりやすいケースとしては「ついカッとなって叱責してしまった」というような場合。
怒った自分自身「あー、やっちゃったなあ」と思いますよね。けれども、そのまま行動が変わらず、また叱責を繰り返してしまうことは、あるのではないでしょうか。
そんな時に、同じ行動パターンの繰り返しから抜け出す手法が「振り返り」です。
「こういうとき自分はカッとなりやすいんだな」とか振り返って、「じゃあ、次にまた似たような状況になったときは、どんな風に行動を変えようか? 」を考えておくんです。
ニンゲンそんなにすぐ大きくは変われないけど、振り返りをして少しずつでも変化を積み上げていくことはできますもんね。
そうですね。
何かをしても相手が変わらない時、つい「相手がダメだから」と考えてしまいがちですが、効果を出していない、思い通りの結果になっていない行動を振り返れば、まずは「役に立っていない」と気づくことができる。
そして、次に同じような状況になった時の「行動の案」を想定しておけたら、それだけで大きな前進だと思っています。
なので、振り返りから始めるのが良いと思いますね。
心理的安全性って、みんなが nice でいることとか、良い人を目指すことではないんですよ。
ところで、石井さんと話していると、穏やかで圧力を感じないのに納得感が得られるようにお話しされているから、まさに心理的安全が醸成されてるなーと感じます。
僕は勝手に「心理的安全性の権化だな」って思ってるんですけど (笑)
ありがとうございます。
でもね、私のような話し方や振る舞いが正解というわけではないんです。
あくまで、成果に向けて誰もが健全に意見を衝突させられるのが心理的安全性です。
例えば、フジイさんにはフジイさんらしい心理的安全性への取り組みがあると思います。
あー、そうか。本当にそうですね。
たしかに心理的安全な環境づくりって、そのチームにいる人たちの特性にあわせて考えるものだし、「みんな人格者になることを目指そう」って話ではないですよね。
心理的安全性って、みんなが nice でいることとか、良い人を目指すことではない んですよ。
もちろん「悪意を持って足を引っ張る」とかは論外だと思いますが、目標に向けて自分も意見を言い、それと同時に相手も意見を言いやすい状態がつくれるなら、どんなスタイルでもいいと思っています。
なるほどー
それにしても、具体的な行動としてどうしたら心理的安全性を醸成できるのかって本当に難しいなあ。
「ヌルい職場のことではない」という話を先ほどもさせていただきましたが、心理的安全でいて基準も高い職場であれば「我々は、この厳しい目標に向かっていく」という話もするわけです。
目標達成が厳しそうだからといって厳しく詰め寄る必要はなくて、厳しい状況だからこそ、むしろ達成のためのアイデアや工夫を募ろうということです。
「形から入る」ことで、周りにわかるように示す。
先ほどの「振り返り」の話にも通じますが、まず形から入る のも大事かなと思っています。
おお、マインドや考え方を変えるとかではなく、「まず形から」?
人に何かしてもらった時、黙り込んだまま心の中で「感謝!」と100回唱えるより、まずは形だけでもお礼を伝えるのって大事じゃないですか。
これを、「マインド」とか「本質」みたいなところから入ると、むしろ身動きがとれなくなってしまうと思っています。
思ってても伝わんないですからね、超能力者じゃないので (笑)
また、マインドという観点で言えば、「まずは相手に人として興味を持ちましょう」ってマネジメント向けの「マインドから変えろ!」というアドバイスがよくありますよね。
確かにこれは、極めて重要なアドバイスだと思うんですけれども、
「興味を持て!」
「はい、興味が持てました!」
……とは、ならないじゃないですか (笑)
マインドを変える前に、まず行動から入って、自分の声かけのタイミングや言葉の使い方を振り返っていく。
そのうちに、「気がついたら」相手に興味が湧いてきたり、少しずつ相手のことを考えられるようになるっていうのが行動から入る意味・意義だと思っています。
なるほど。
マインドではなく、まず行動から変えるのはやりやすいし、やらないと相手の反応もわからないですもんね。
まずは形や言葉だけでもというのに対して、「”アメとムチ”のアメで人を動かすのが良いというのか」という人がいるのですけれど、決してそうではなくて。
「メンバーが頑張ったとき、上司はムスっとしているが実は心の中でめちゃくちゃ感謝してる」っていうシチュエーションは、周りから見たらただの不満そうな上司じゃないですか (笑)
そんなシチュエーションあるなーーー
めちゃくちゃあるーー (笑)
形から入る、というのは周りにわかる行動で示す ってことですね。
はい。周りにわかるような声かけをしていく中で、相手の反応を通じて、相手を知り、自分の行動を変えていくことが大事だと思ってます。
心の底から感動して、感謝の気持ちを込めて「君は素晴らしい。天才だね!」という褒め方をしても、相手に響かなければ別の声かけの仕方や別の言葉を模索した方がいいわけです。
まず行動という形から入ることで、相手の反応を通じて周りの人のことを知ることができますよ、という話なんです。
石井さん監修の書籍「最高のチームはみんな使っている 心理的安全性をつくる言葉55」では、より具体的な声掛けの方法や言い換えがまとめられています。
さっきの振り返りの例みたいに、変えたい行動を形だけでもやってみるってことができるわけですね。
それなら、自分のマインドやスタイルを変えられくてもいいし、やってみることで相手の反応が変わるかもしれないし。
心理的安全性をゴールにしない。
形から入るとは言いましたが、「そもそも我々も心理的安全性をゴールにしないでください」ということもよくお伝えしています。
心理的安全への取り組みって事業をより成長させるため手段であって、取り組み自体が目的になっちゃうのは違いますよね。
はい。
「会社の方針でやらなきゃいけないから、とにかく心理的安全性に取り組む」って進め方だと、あんまり上手くいかないんですね。
従業員エンゲージメントを高める取り組みも同じだと思うんですけれども、手段であって目的ではないので。
例えば、体重を落としたいっていう人は世の中に多くいらっしゃると思うんですけど、体重が落ちればいいんじゃなくて、健康でいたいとか、その先のゴールがあるわけじゃないですか。
わかりやすい。
心理的安全性はその目的達成のためのひとつの要素である、と。
はい。
それこそ新規事業部と品質保証部だと、心理的安全性に取り組む目的だったり、その範囲がだいぶ違います。
新規事業ならアイデアが粗くてもチャレンジしていくことが大事で、品質保証なら雰囲気に流されずに粗いところを指摘できる状態がイメージされると思います。
ああ、たしかに。
そう言われると、心理的安全性を高めることが手段だってことがよくわかります。
先ほどの「人格者を目指すわけではない」って話題ときにチームごとのメンバーに合った心理的安全性の形があると言いましたけど、チームが目指すべき姿によっても変わるんですね。
はい。もうひとつ観点を付け加えるとしたら「心理的安全性なチーム・職場は、全員協力でつくる」ということです。
今このチームに心理的安全性がないと感じたときに「上司や会社の努力が足りない、頑張ってください」「課長!よろしくお願いします!」ではなくて。「じゃあ自分はどうする?」「どういうシーンで、どういう時に自分は何ができる?」こういったことを考えて、行動を変えるってのがすごく大事だと思ってまして。
意識して今までと声のかけ方を変える、今まで黙ってやり過ごしていたタイミングで声をあげてみる。
形から入って、そのあと振り返り、軌道修正しながら前に進んでいただければと思います。
まとめ: 心理的安全な職場づくりがやっとはじまった。
■「厳しくする」しかなかった人たちに、マネジメントの別の手札として「心理的安全性」が広まった。
■ 心理的安全な環境は、自然発生するものではなく人為的に無理やり作り出すもの。
■「みんな人格者になることを目指そう」って話ではなく、職場やチームに適した在り方を、それぞれの人が「行動」を変えながら実践していくことが重要。
■ 周りにわかるように形から入ることで、周囲の反応がわかる。マインドや本質は後からついてくる。
この4年で「心理的安全性」という概念は多くの人に普通に知られているようになりました。
これから4年後には職場が心理的安全であることが普通に変わっていくのかもしれませんね。
株式会社ZENTech
石井さん X/Twitter @ryouen
(企画・編集:フジイユウジ / 取材・文・撮影:奥川 隼彦)取材:2024年10月