良いマネージャーになるには?────『EMお悩み相談室』著者、あらたまさんインタビュー
エンジニアからマネージャーになった人たちのお悩みに答える書籍、『エンジニアリングマネージャーお悩み相談室』。
今回のAgendは、著者のあらたま(新多真琴)さんに、評価や目標運用、自律的なチームを育てる実践をうかがいました。
マネージャー職でない方にも学びの多い内容です。ぜひ最後のまとめまでお読みください。
あらたま(新多 真琴)
『エンジニアリングマネージャーお悩み相談室』著者。ソフトウェアエンジニアとしてキャリアをスタートし、前職では執行役員CTOを務めた。現在はLayerXにて「バクラク申請・経費精算」のEMを担いつつ、コミュニティ「EMゆるミートアップ」カンファレンス「EMConf JP」を運営中。
【Agendインタビュアー】 フジイユウジ
Agend編集長。
スタートアップや様々な事業の経営やグロースに携わる中で、事業を成長させるためのチームコミュニケーションに興味を持つようになり、仕事のコミュニケーションメディア「Agend」を立ち上げた。
マネジメントには悩み事がたくさん
プレーヤーからマネージャーになった人の悩みに答えている、とても良い本でした。
ありがとうございます。
マネジメントの大変さに向き合う人たちの役に立つような内容をまとめました。
この本って、マネージャーの悩みにひとつひとつ答えていく形式にしてますよね。
その中でも「これはマネージャーやってる人たちに刺さってるなあ!」ってテーマあります?
この本に「どうやったら自律的なチームになりますか?」という章があるんですけど、みなさん目次を眺めてる手がそこで止まって、「これねー」って言うんですよね。
たしかに、そこは手がとまりますね〜
マネージャーが一番知りたいことだ。
それ以外も、「メンバーの成果を周囲に認めてもらえません」というお悩みがあったり。
それと、「雰囲気はいいけど目標は達成できませんでした」も。
エンジニアリングマネージャーお悩み相談室
複利で成果を生んでいくのがマネージャーの仕事
「マネージャーは成果を出すのが仕事」ってよく言われるじゃないですか。
そのタイプの人って「ともかく今月の数字のことだけ考えるんだ!」みたいな人も多いと思うんです。
でも、この本は短期的な成果を積み上げるというよりも、メンバーとのコミュニケーションとか目標設定みたいなプロセス整備の話をメインにしていますよね。
成果を出すために変えられるのってプロセスだけだと思うんです。
私は「成果かプロセスどちらか」みたいなこと言ってるとは思ってなくて。
マネージャーができることって、成果を出すためのプロセスを作ることですよね。
そのプロセスが事業に貢献できれば結果が出たということになるし、そういう成果が出なければ、それはそれでまたプロセスを見直すべきだという話だと思うんです。
本当にそうですね。
目の前の業務を回していく仕事ではあるけど、マネージャーのやるべきことは「変えること」なんですよね。
だけど、世の中は木を切るのに忙しくて、斧を研がないマネージャーもいるわけじゃないですか。
「そのとき、がんばって成果を出す」ことと「成果を出し続けられる仕組みを作る」って似ているようで違う話だと思っていて。
で、仕組みを作って、複利で成果を生んでいくのがマネージャーの仕事なんだ、っていうふうに私は捉えていますね。
複利で成果を生んでいく仕組みづくりがマネージャーの仕事ぉぉぉ!!!!
日々の仕事の繰り返しだと足し算にしかならない。それを掛け算の繰り返しになるようにプロセスを変えていくのがマネージャーのやるべき仕事ってことですね。
この世のすべてのマネージャーがデスクトップに刻んでおくべき言葉じゃない!?!?
もちろん、その時々に必要な短期成果を出す力も大事だと思います。
ただ、根性でがんばれば成果を出し続けられる状況というのは多くないですよね。
がんばるのは大事だけど、プロセスを変えてがんばり度を緩やかにしていかないと続かないですもんね。
流れのままで進めて成果が続くことはないから、複利になる仕組みをつくるためにマネージャーがいる。
そうなんですよね。
どんどん事業を成長させていこうって考えたら、目指しているものや規模の変化に見合った仕組みっていうのがやっぱり必要になってくるわけで。
チームの雰囲気を良くしたり、目標設定をしたりするのも、そういった変化の中で成果を出し続けるためにやることだと思います。
書籍の中でも「雰囲気はいいけど目標は達成できませんでした」の章では、事業へコミットする大切さが書かれてましたもんね。
短期的な成果を積んでいくにしても、プロセスを改善するにしても、それの選択が事業の成長につながっているか。
その接続性があるかどうかですね。
メンバーとの信頼関係はどうつくる?
短期的な成果を積んでいくにしても、プロセスを改善するにしても、事業成長に接続しているのかが大事って話、めちゃくちゃイイですね。
とはいえ、ふだんはプロセスを大事にしているマネージャーが、「今月の数字のために優先度変えます」とか「経営からこれが降ってきたよ」って急に言い出したりするとメンバーも混乱するじゃないですか。
これは会社自慢なんですけど、うちに集まって一緒にやっている仲間たちは、そういうところに対して感度というか、理解があって。
例えば「今月数字がやばいかもしれない」とか、「何ヶ月先のパイプラインがあまり積めてなくって、どうにかしないといけない」みたいなことをメンバーが日々キャッチアップできるようにしてるから、「動きを変えますね」って言っても、メンバーは急に言われてる感じがしていないのもしれません。
まあ、それはそう、と受け入れてくれるというか。
「たくさんのユーザーさんにたくさん喜んでもらう」
「より便利で使いやすいことで、たくさん使ってもらって」
「その結果、対価をいただけて私たちの企業活動を大きくしていくことができる」
この営みをよりたくさん、より大きくしていくために自分たちが何ができるのか、っていうことを中心に考えて、目標が共通言語になっている人たちが多い。
あー、そこの目線が合ってたら、急に短期的なことをやるぞって言っても、プロセス改善をやるぞって言っても、それが事業成長に必要なことだって理解してるのか……
ここの目線が合ってないと、「え、昨日まで丁寧さが大切って言ったじゃん。急に今月の数字づくりやるの?」みたいになるじゃないですか。
私の失敗談を話しちゃうんですけど、結構でかめのリアーキ(システムの変更)をうちのプロダクトチームでやってたんです。
だけど、メンバーから「これ、このまま続けない方が良くない?」って言ってもらって。
事業成長にいま必要なことではない、という意見をもらったってことですね。
「うううう、そうかも〜」って言って、止めようって判断をしました。
これ、メンバーから止めようって声が上がる会社、なくない?
すごくない?
いや、本当にすごいと思う。止めてもらえた。
そのときの私は、そのリアーキをやってきたサンクコストで目が曇ってたので、メンバーが冷静に意見をくれて本当に助かりました。
それも、やっぱり本当の目標がそろってるからですよね。
「いついつまでにリアーキやるぞ」って目標じゃなくて、事業成長に貢献するぞって目標を見てる。
それを「ごめんなさい」って言えるマネージャーとチームの信頼関係、いいなあ。
このチームのすごさ、文字で読んでる読者に伝わるかな (笑)
インセプションデッキがないとか、目標がそろってないチームで業務と人のマネジメントやれって言われても、それってチームが「何の目的で集まっているのか」という共通認識や明確な方向性がないってことだから、ムリじゃないですか。
世のマネージャーとかリーダー職の人の9割ぐらいの悩みって、「メンバーが思った通りに動いてくれない」だと思うんですね。
それって目指すことについて目線が合ってないからですよね。スローガン的なものしかなかったり、自分がなにをすれば貢献できるか分かるようになっていない。
あらたまさんもチームメンバーも、ちゃんと「事業」というか「自分たちがどこへ向かうべきか」をちゃんと見てて、すごいなあ。
現代のマネージャーの悩みの代表格、メンバーの評価。
さきほどお話いただいた「目標」の話もメンバーと経営の翻訳者がいるからこそって感じですね。
会社って、いろんな考えや思いを持つ人たちが集まっているので、どうしてもズレとか掛け違いみたいなのが生まれてしまうんですよね。
そのズレとか掛け違いが、できるだけ生まれないように早期に対処することがマネージャーがやるべきことのひとつだと思っていて。
わかるーーー
組織の向かっていく方向性を理解して、個人の思いとのズレや掛け違いを小さくすることが重要な役割なんだけど、その翻訳者になれていないマネージャーも多い。
メンバーかマネージャーかは役割であって上下じゃない。
仕事として責任を負うべき範囲が、具体に近いのか、抽象に近いのかっていう差でしかなくて、マクロで見れば同じことをやっているんだと私は思っているんです。
その抽象度に適切に合わせてコミュニケーションしていくのがマネージャーの仕事だと思っている。
書籍『お悩み相談室』には、マネージャーの悩みがたくさん書かれているわけですけど、あらたまさんと話してみたいテーマのひとつに「評価」があるんですよね。
メンバーの「評価」は、現代のマネージャーの悩みの代表格だと思います。
個人の思っていることと会社の方針のズレや掛け違いを減らすマネジメントツールとして「評価」を使いこなせるマネージャーって少ないですよね。
評価って、「お前の働きが良いから褒めてつかわす」とか「動きが悪いのを断罪する」って場ではないですよね。
あくまでも、その時期のスナップショットをとって、状況を吸い上げて、ズレや掛け違いを見つけているだけというか。
なるほどなあ。健康診断っぽさがある。
成績を伝えてるわけじゃなくて、ズレや掛け違いの現状把握。
評価するときに気をつけているのは、ビックリ評価になるようなことは絶対やんないっていうことですね。
メンバーとマネージャーの評価のズレが大きいのって、ふだんのコミュニケーションできてないってことですもんね!
これ大事だわ〜
ビックリ評価しちゃうマネージャーは、自分の仕事してないみたいなもんだもの。
ふりかえりを毎月やって、メンバーが自分では気づいていない良いムーブを拾って伝えたり、「これちょっと失敗しちゃったね」を客観的に伝えたり。
日々コミュニケーションをしていると、そこから導き出される自己評価ってあんまりズレないですよね、上長と。
評価時期になってから急にやるんじゃなくて、ふだんからコミュニケーションしてくるの当たり前なんだよなあ……。
それと、どうしても目標達成率みたいな数字に目がいきがちなのも良くないですね。
例えばプロダクトの軌道修正を決定した際に「やりきれなかったんだね、じゃあ評価は1ね」といった判断が下される。
これは、違うよって思っていて。
あー、設定された約束(目標)が大切にされすぎるやつ。
これはダメですね。
設定されたグレードや期待役割に合った振る舞いをしていたか、期待をどれだけ超えたかといった質的なところを見ていない。
ですです。
もちろん達成したかとか、数字を上げたかっていうのは大切なんですけど、達成率みたいなものを重視しすぎるのは、評価する側の未熟さだと思うんです。
一方で、現場のメンバーにも「評価してくれない上長とか会社のせい」と考えてしまう人がいます。
そういうのって、自分が成果だと思っているものを会社が評価するフォーマットに落とし込めていないから起こるので、半分ぐらいは自分のせいだと思ってて。
あー、それそれそれそれ。
会社や上司にわかるようにするのって、無意味な仕事のように感じる人も多いでしょうけど組織のコミュニケーションとしては大切なんですよね。
そうですそうです。
「何をどのようにまとめたら、会社が評価してくれるフォーマットになるのか」っていうことを考えずに「俺はこれだけやった。キリッ」で終わっちゃってるケースっていうのが結構多いと思う。
会社が評価できる仕事になっているか考えたり、説明できるような仕事にすること自体が、ズレや掛け違いを減らすことですもんね。
とはいえ、社員の自己責任にしすぎちゃうの、会社としてもよくなくて。
会社も会社で、「何をしたら給料が上がるのか、何をやったら下がるのか」を通じて、その人にどういう役割を果たしてもらいたいかを伝えないといけない。
わかるー
「何をしたら給料が上がるのか、何をやったら下がるのか」をちゃんと伝えるのって、どんな仕事をして欲しいかを明確にするコミュニケーションツールですよね。
評価システムを作っただけで「これでみんなわかるでしょ?」ってなっている企業ってすごく多い。マネージャーが説明できるようにしていない。
理解できるようにする責任が会社側にある。
会社だったりマネージャーだったりお互いがお互いの責務を果たそうぜ、という話ですね。
エンジニアの帽子を脱いでレベル1から始める
冒頭でも話しましたけど、プレーヤーからマネージャーになるのって怖いことだと思います。
問題の捉え方、考え方、どう振る舞いを変えていくか、OSを丸ごと入れ替えないといけないぐらいの衝撃がマネージャーには起きているのに、「エンジニアだからできる」とか「プレイングマネージャーでいいから」とか軽く言われちゃう。
マネージャーになった人も、OSを入れ替えずにこれまでのやり方の延長線上でマネジメントをやろうとして、苦労している人がかなりいると思うんですね。
それで『エンジニアリングマネージャーお悩み相談室』を書いたんですね。
書籍の序盤でも「エンジニアの帽子、ちゃんと脱げてますか」っていう問いかけをしています。
でも、それってすごく怖いことなんですよ。
これまでエンジニアとしてそれなりに評価されてきて「マネージャーやってみましょう」っていう流れでエンジニアをやめる。
で、マネージャーとしての実績は何もない状態で「レベル1から始めます」みたいな。
別のOSに入れ替える「別の職種である」っていう認識を持たないと、良いマネージャーになれないんですね。
『お悩み相談室』は250ページぐらいある本なんですけど、読み返してみると、
- 前提を疑いましょう。
- ちっちゃく始めてダメだったら引き返しましょう。
- とにかく人と話しましょう。
っていう、この3つのことを状況や抽象度を変えて書いてるだけなんですね。
これをやるだけ、って言っちゃうのは簡単なんですけど、これをやり続けるのってやっぱり難しいんですよね。
「この3つが大切」って私が言い続けてるっていうのも、マネジメントの本質みたいなものがここに集約されてるのかなと。
まとめ: マネージャーは”複利”をつくる人
- マネージャーにできることはプロセスを変えること。
日々の業務を回しているだけでは変わらないことを変える仕事。
- 事業への接続性がすべて
チームの雰囲気改善も、評価運用も、短期数字の積み上げも、すべては「事業成長にどう繋がるか」で判断するチームに。
- 評価は「健康診断」で「点数の発表会」じゃない
短期ふりかえりでズレを小さくし続ける。
達成率だけで判定せず、期待役割を見る。
- 翻訳者としてのマネージャー
経営の意図をメンバーに、現場の現実を経営に。
ズレと掛け違いを早期にほどく役割。
- “プレーヤーの帽子”を一度脱ぐ
別職種としての再スタート(レベル1)を受け入れる。
エンジニアリングマネージャーお悩み相談室
あらたまさん X(旧Twitter)
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(企画・編集:フジイユウジ / 取材・文・撮影:奥川 隼彦)取材:2025年7月