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「イヤなやつがいない職場」ってどうやってつくるの?―――行雲代表・犬養拓さんインタビュー

タイトル「イヤなやつがいない職場」ってどうやってつくるの?と犬養さんの近影

倉敷の観光地、美観地区に株式会社行雲という会社があります。

行雲は「心の豊かな暮らし」という理念で職場づくりに取り組み、働く人たちからは「イヤなやつがいない職場」と評されている会社です。

今回は、行雲の代表である犬養 拓さんに「イヤなやつがいない職場」のつくり方をお聞きました。

犬養拓さん


【株式会社行雲 代表取締役】 犬養 拓

東京都出身。父方の曾祖父は「話せば分かる」の犬養毅。母方の曾祖父は、クラボウ、クラレなどの社長を務めた大原孫三郎。
慶應義塾大学法学部を卒業後、株式会社電通に入社。2015年から母方の縁の地である倉敷の美観地区での事業に関わり、2016年から現在の株式会社行雲の前身である株式会社有鄰の代表取締役に。

フジイユウジ


【Agendインタビュアー】 フジイユウジ

Agend編集長。2011年バンダースナッチを創業。
様々な事業の経営やグロースに携わる中で意思決定のための会議や組織論、チームコミュニケーションに強い興味を持ち、Agendの運営を開始。

倉敷の美観地区にある「イヤなやつがいない職場」とその働き方

フジイユウジ

今日は株式会社行雲の犬養さんのお話をお聞きしますー。よろしくお願いします!
前から犬養さんが面白い経営してるなと思って行雲に注目していたんですけど、今日は働いてる人たちの自立と幸福を掲げて経営してる話をお聞きしたいです。

ありがとうございます。
行雲という会社は、倉敷の美観地区っていう岡山で一番の観光地にあって、「心の豊かな暮らしを創る」っていう企業理念でやっています。
たぶん売上や利益をたくさん伸ばすよりも、一緒に働く人やお客さんの人生をハッピーにしたいとか、一緒にやってる人たちと仲良く成長していきたいみたいなことに私の興味があるんだと思います。

犬養拓さん

フジイユウジ

このインタビューの前に社員さんともお話しさせていただいたんですけど、働いてる方から「良い仕事をちゃんとやりたい」って自立してる人の意志みたいなのが伝わってくるんですよね。
でも、ピリピリしてないし、無理して頑張ってる感はしなくて、自然体でやってるやわらかい感じが行雲の社員らしさだなとも思います。
ところで、いまはお店は何軒あるんでしたっけ?

運営する店舗、美観堂の外観

倉敷の美観地区を物販・飲食・宿泊・スイーツとさまざまな角度から楽しめるような施設を作っていって、今年また増えるのでそれを入れて10店舗ですかね。
2015年頃は社員・アルバイト合わせて10名ぐらいでゲストハウス兼カフェともう一軒だけでしたけど、今では50〜60名ぐらいかな。

犬養拓さん

フジイユウジ

50〜60名で10施設に分かれて働いてると、組織運営も大変そう……。
犬養さんが「心の豊かな暮らしとその働き方」ってスライドを公開されてるじゃないですか。ノートルダム清心女子大学さんの講義で使ったやつかな。
心の豊かな暮らしをするためには、職場の人間関係・待遇がどうあるべきか、働く人はどういう観点をもっているといいのかが穏やかに言語化されていて、すごく良かったですんで、今日はここらへん掘り下げてお話したいと思ってます。

「イヤなやつがいない職場」なんて本当につくれるの?

犬養さんとフジイが笑って話している


フジイユウジ

働いてるスタッフさんと話してみると、人の質がすげえイイというか、普通の飲食店とか小売店にはいないレベルな感じするんですよね。

それはよく他の方からも褒めていただきますね。
一番よくあるのは、本社に来客があった時にスタッフの対応とか。
その本社は古民家カフェ『有鄰庵』というところと同じ建物なんですけど、カフェのスタッフがみんなイキイキ働いてる感じとか、結構な頻度で褒めていただけますね。

先日も取引先の方から褒められたというか「感動しました」みたいに言われて。

犬養拓さん

フジイユウジ

なにしたらそうなるんだ(笑)
「スタッフが感じ良い」くらいならわかるけど、感動しましたとは普通は言われないですよねえ。
ぼく自身も働いてるスタッフさんからそういう異次元レベルの「感じの良さ」を感じ取りましたけど、なにが良いんでしょうね。
他の会社だって頑張って気を使ってるだろうけど、なにかが根本的に違う感じ……。

スタッフさんの勤務風景

他の会社にはない「感じの良さ」がある行雲のスタッフさん。

飲食や接客の経験があるスタッフが入社してくるとこともあるんですが、たしかに「これまでの職場と違う」とか「今までこんなの見たことない」って言ってくれますね。

犬養拓さん

フジイユウジ

えー、「今までこんなの見たことない」はヤバみがあるな(笑)
なにが違うんだろ……

イヤなやつがいないのが大きいんじゃないですか。

犬養拓さん

フジイユウジ

えっ。ちょっとまって (笑)
50〜60人働いてる会社でイヤなやつがいないって働いてる人から言われるんです?
そんなこと現実に可能なの……

安心して指摘しあえる環境がそれをつくる

イヤなやつがいないって言われるんですよね。
イヤなやつがいない例になるか分からないですけど、他の職場で長く働けたことがなくてすぐ仕事を休んでしまっていた人がウチに入ってくれたとき、先輩社員が「周りはなんとも思ってないよ」とか「あなたのことをダメだと思う人はここにはいないよ」ってしっかり話をしていて。

犬養拓さん

フジイユウジ

ここでは周りにイヤなやつはいないんだよってメッセージを伝えて、その人たちが本当に安心して働けるように働きかけてるのか……。
そうやって、ひとりひとりに向き合ってくれる人たちがいるなら、そりゃイヤなやつがいない職場だって感じますよね。

そのスタッフは、うちでは休まず仕事をしっかりできるようになりました。その結果として長所を発揮できるようにもなったんですよね。
もちろん、採用で見極めることを大切にしてるんで、長所短所を分かった上で、手間をかけてポテンシャルを引き出すと決めた人を採用しているから時間をかけられるというのはあって、全員に同じことできるわけではないんですけども。

犬養拓さん

会社について楽しそうに語る犬養さん

フジイユウジ

職場という場所が、ひとりひとりに向き合うコミュニティなんですね。
「心の豊かな暮らし」を目指しているだけあって、ただ作業してくれれば良いですよというタイプの職場ではない。
「イヤなやつがいない職場」を実現するにあたって、ひとりひとりに向き合うだけじゃない、組織やチーム全体としてやってることって何かあります?

ベタで当たり前のことしか言えないんだけど、失敗しても上司とか先輩からそれ自体を責められないとか、そういうのが活きてるやろうなとは思いますね。

犬養拓さん

フジイユウジ

周りがみんな助けてくれて、なおかつ責められない環境か。
責められない環境といっても、行雲のスタッフさんって、働いてるひと同士で細やかなフィードバックしてますよね?
良くない行動に対してはちゃんと言うというか。
そういうフィードバックを責められているように受けとる人っていないんですか?

最初のうちはありますよ。
「◯◯さんにこう思われてるんじゃないか」みたいな憶測からそれが生まれるんだと思うんですけど、周りの先輩とか同僚が「それ、本当にそう思ってるか本人に聞いた方がいいよ」とか言うんですよ。

犬養拓さん

フジイユウジ

「そんなことないよ」と否定するでもなく、嫌味や強制性を感じさせない言い方で「あ、そう思うなら本人に聞いてみたら?」と自然に言う感覚が当たり前にあるのか。
しかも、社長とかポジションのある人だけじゃなくて、周りのいる人みんながそういうこと言ってくれるってことですよねえ。

そうですね。
たとえば、私はいつも現場にいるわけじゃないから距離があるわけですけど「会社やワンさんに良く思われてないんじゃないか」とか思っていそうなスタッフがいたら、近くにいる誰かがその人に「だったらもうワンさんに聞いた方がいいよ」って言ってくれてるみたいですね。

犬養拓さん

※行雲ではみんなニックネームで呼び合っていて、犬養さんも「ワンさん」と呼ばれているとのこと。

フジイユウジ

世の中の会社で「俺は上司にこう思われてるはず」ってときに「じゃあ本人に聞いてみようよ、きっと変なこと言わないと思うよ」って同僚や先輩みんな嫌味なくアッサリ言ってくれる気持ちの良い環境なんて、そうないですよ。
世の中の多くの職場なら、スルーして放置するか、同調するかだと思うけど。
ここには本当にイヤなやつはいないから安心して話していいんだよって本気で思ってるから「本人に聞いてみたら」と感じよく言えるんだろうなあ。

とあるスタッフが「他の会社で働いていたら、こんな風に他の社員の行動を指摘せずに黙ってるかもしれない」と言ってくれてたんですけど、うちだからお互いがイヤな思いをせず、素直に受け止め合える良い環境がつくれてるのではないかと思いますね。

犬養拓さん

フジイユウジ

おおおお。
行雲という職場だから指摘することもイヤではなくなると。
それも日々の「責めない」とか「ひとりひとりをちゃんと見る」といったことの積み上げでできてるんでしょうね。

スタッフ間でフィードバックが自律的に行われて、自立した人たちが育っていく。

犬養さん近影

みんなが入社時からそういう良いコミュニケーションをできているわけではないんですけどね。
何を大切にしているか説明をして、1on1なんかでちゃんと話を聞いて、一緒に働いてる人たちからそういうのが当たり前だっていう雰囲気を感じていくことで、だんだん自立したコミュニケーションができるようになるんじゃないかと思いますね。

犬養拓さん

フジイユウジ

犬養さん本人がやらなくても、スタッフ同士で心理的安全性が担保されたフィードバックが日々自然に発生してるわけでしょ?
そういう自律的に動くチームができていることが本当に凄いと思うんですよね。

そうですね。
ポジティブに褒めるフィードバックも注意や指摘も、スタッフ同士でやってくれているんですよね。
特に「この人のこういうところはすぐ指摘しないといけない」みたいなものを放置しないで、すぐに話し合ってくれているのは良い影響があると思います。
あとはその話し合ったことや感じたことを私にも共有してくれるリーダー層がいるのも大きいとは思います。

犬養拓さん

フジイユウジ

もしかして、リーダーとかマネジメントレベルだけじゃなく、社員もアルバイトもみんなそうなんです?

うちはアルバイトか正社員かは雇用形態が違うだけという考えでやっていて、現場仕事をする分には基本的に同一労働・同一賃金だし、その雇用形態に関係なく責任ある仕事ができる人は役職的なものがついたりします。

犬養拓さん

フジイユウジ

月給か時給かの契約の違いだけで、責任や立場は契約形態で変わらない。
それもまたすごいな。
たしかに無意味にヒエラルキーが生まれて、アルバイトの人が「社員なのに~」とか言ったりして組織や文化が壊れちゃうの、アルバイトと正社員が混ざる職場あるあるですよね。

コミュニケーションはたくさん、いろんな人と。

犬養さん横顔

フジイユウジ

行雲が「イヤなやつのいない職場」にするために、「自立」した個々人が「自己開示」することを大切にしてるってポイントがあると感じたんですけど、自律的にそれらができるようしている仕組みみたいなものってあります?

まあそんな難しいことしてないですね。「とにかくしゃべれ」とは言ってますかね。
たくさんしゃべるように、いろんな人としゃべるように、という意味も含めてですね。

犬養拓さん

フジイユウジ

コミュニケーション量を増やすだけじゃなく、少数でかたよらないように多くの人とってことかな。

そうですね。
倉敷のオフィスに出社しているときは、私自身も大体誰かとしゃべる予定だけで全て埋まってしまいますね。
1on1とか。

犬養拓さん

フジイユウジ

犬養さんと働く人とのコミュニケーションってどれぐらいの量やってるんですか?

1on1に限らないですけども、週に15時間〜20時間は話す時間で埋まりますね。

犬養拓さん

フジイユウジ

おお、コミュニケーションに使ってる時間としては多い気がしますね。
やっぱり、こういう組織つくろうと思ったら対話コストかける覚悟がいるのかな。

現状やスタッフの解釈を聞いて、他者の視点から考えてもらうコーチングみたいな時間を多くとってますね。
あと、「やたら褒められる」とスタッフが言うくらい、お互いを褒めたり感謝する文化があるかもしれません。
なにか提案してくれたら、中身の良し悪しよりもまずは提案してくれたことが素晴らしいので感謝するとか。
Slackでも対面でも。

犬養拓さん

フジイユウジ

あ、そういえばお店のスタッフさんがSlack活用してるのも特徴ですよね。

笑顔のスタッフさん

Slackは、社員かアルバイトか関係なく、数字とか全体を見通せるようになっていて、みんな色々なことを書いてもらえるようにしています。
みんながSlack使ってると、ある人がいま何考えてるかとか、 仕事でどこが引っかかってるか分かりやすいですから。

犬養拓さん

フジイユウジ

僕が関わるようなIT系の組織なら普通ですけど、飲食や小売でもこうやってSlackを使ってオープンな組織をつくってるのはめずらしいかもしれませんね。
他にもそういうオープンな組織文化についての取り組みってあります?

誰々はこの担当って線引きをあまりしていないのもあるかもしれませんね。
複数のお店があるので、そこの中でスタッフが行き来して働いています。人によって働く場所の希望もあるので、全員ではないですけどね。

犬養拓さん

フジイユウジ

おお、なるほどー。
学校のクラスとかと同じで、小さいお店で固定メンバーになっちゃうと良くも悪くもその中だけのコミュニティになりがちだけど、そうならないようにしてる。

はい。
色々なお店を行き来してくれるスタッフのおかげで「あのお店は最近こうですね」なんて話を上げてくれたり、人と人の交流も活発になることで調子が悪いスタッフに気づいて声をかけてくれる社員もいます。

犬養拓さん

フジイユウジ

そうやって人と人との細やかなフォローが生まれてるのかー。
組織がタコツボ化しないようにもしてるし、仕組みと人の動きがピタッとハマってるなあ。

犬養さん近影

あと、入社してくるスタッフは私が全員のオンボーディングをやりますね。

犬養拓さん

フジイユウジ

え。犬養さんがひとりひとり入社オンボーディングするんですか。
入社してきた人と社長が面談するくらいの会社はよくあるけど、この規模の組織で入社オンボーディング全部やってるのかあ……。
雇用形態と仕事が関係ないってことは、社員もアルバイトも全員ですよね。

はい、そうですね。
そこでは、会社が大切にしてること、たとえば自分とチームのことを考えましょう的なことを話すわけなんですけど、「ウチって◯◯だよねー」と同僚に愚痴を言うのはどこの職場でもありがちだけど、それではちゃんと解決に向かわないから、しっかり解決に向けたアクションをとるのはあなたですよということを伝えています。
私に直接言ってくれてもいいし、Slackで伝えてくれてもいいし。

犬養拓さん

フジイユウジ

それは、ベテランのビジネスパーソンでもできない人が多い(笑)
手間かけて丁寧にひとつひとつそういうこと伝えてるのは大きいだろうなあ。

先輩とか私には言えないのに同僚になら愚痴っぽく言える、みたいな行動はここで働くにあたって良くないことなんですよというのは伝えますし、働きながらもフィードバックして直してもらうポイントだったりしますね。

犬養拓さん

再現性がある、イヤなやつがいない職場。


仕事中のパティシエさん

イキイキ働いている行雲のスタッフさん。

もともと「イヤなやつがいない職場をつくるぞ」と明確に言語化したり、伝えていたわけではないのですけど、気持ちよく働けるように考えていたら、こういう環境になっていましたね。

犬養拓さん

フジイユウジ

イヤなやつと働きたい人なんていないし、自分もイヤなやつになりたい人もいないですよね。
でも、イヤなやつになりたくなくて職場の問題を指摘しないでいたり、言うべきことを黙っていたりすると、いつの間にか思っていたのとは別の形で自分がイヤなやつになってしまう。
そういう難しさをちゃんと乗り越えて、「イヤなやつがいない職場」をつくってるんですねえ……

自分がサラリーマンやってた時のことですけど、イヤな人とか誰かを責める不機嫌な人がいると、気持ち良く働けないから全体の生産性は落ちるなと感じて。
そういう人の行動を変えられない、責めるのはダメってフィードバックができない人が評価されて、そんな人に役職や部下をつけてしまう仕組みがともかくダメだと思ったんです。

犬養拓さん

フジイユウジ

その原体験とか社会への不満が、いまの行雲を「イヤなやつがいない職場」にしてるんだなあ(笑)
今日、お話してて一番ビックリしたのは、多くの人はないがしろにしがちなことを徹底すれば「イヤなやつがいない」職場って本当に作れるんだ……ってことですね。

私もこれまではラッキーで良い人が採用できるのでなければ、店舗を増やしたり事業を拡大できないのかなと思ってたんですよ。
でも、ある程度は仕組みでの再現性があるとわかったので、「心の豊かな暮らし」とか「イヤなやつがいない」を維持しながら事業を拡大できるんじゃないかなと思えるようになってきたところです。

犬養拓さん

まとめ: 働く人の自立と助け合いを徹底した職場だから

「他の職場ならこの行動をしないかも」と言った社員さんの話が印象的でした。

人に指摘をするイヤなやつになるのではなく「みんなを助ける指摘ができる人」になれる環境。そして、できていない自分を責めるのではなく、「何を変えたらいいのか考えられる人」になれる環境。
そうやってスタッフ同士が助け合えるよう、お互いを見て助けが必要な人を放置しない仕組み。

ピープルマネジメントとかチームワークという言葉でまとめてしまうのは違和感があるほど、ともかく細やかなで徹底して人と人との助け合いをしている。

これらの環境づくりの積み上げという多くの会社がないがしろにしがちなことを徹底することで、イヤなやつがいない職場を本当に作ることができる。

経営やマネジメントをやっている読者の方は旅行の機会があるときに、倉敷の行雲のお店に行ってみるのも面白いかもしれませんね。
犬養さんからも「もしそうやって来てくれる人がいたら、倉敷のご案内をしたり、会社のことを話す時間とりますよ」とのコメントもいただきました。

倉敷美観地区の風景

株式会社 行雲

岡山・倉敷セレクトショップ『美観堂』

倉敷美観地区の古民家カフェ『有鄰庵』

これからの食とお菓子を創るお店 『はれもけも』

一日一組限定の和宿『暮らしの宿てまり』

(企画・編集:フジイユウジ / 取材・文・撮影:奥川 隼彦)取材:2023年6月

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