若手社員と「これからどうなりたい」を話せば、キャリアプランを企業の事業成長に活かせる。―――HRスペシャリスト林真理子さん
働く人たちのキャリアやスキルアップを支援してきて、2023年4月からフリーランスのHRスペシャリストとして活躍している林真理子さん。さまざまな人のキャリアを見てきた林さんと「個人のキャリアや生活」と「会社の仕事」をすり合わせるためのチームコミュニケーションについてお話をさせてもらいました。
これからのライフプランや仕事との向き合い方を考えている20代や30代前半の方の参考になるかもしれませんし、マネージャーや経営者には若手社員とのコミュニケーションのヒントになる、役立つ言葉があると思います。
林 真理子
HRスペシャリスト。国家資格キャリアコンサルタント、日本キャリア開発協会認定CDA、日本MBTI協会認定MBTI認定ユーザー。クリエイティブ職向けトレーニングやワークショップの開発経験が豊富。
人材育成・キャリア支援で経験を積み、2023年4月からフリーランスとしてさまざまな法人の人事制度設計、人材育成などHR関連プロジェクトに参画。
【Agendインタビュアー】 フジイユウジ
Agend編集長。2011年バンダースナッチを創業。
様々な事業の経営やグロースに携わる中で意思決定のための会議や組織論、チームコミュニケーションに強い興味を持ち、Agendの運営を開始。
「個人のキャリアと職場コミュニケーションの関係」をHRスペシャリストに聞く。
今日はキャリアの専門家と「個人のキャリアと職場コミュニケーションの関係」みたいな話をしたいと思ってますんで、よろしくお願いします。
林さん、最近独立されたんですよね。
はい、この春に脱サラしまして。
今のところは仕事が途切れていないので一応「独立」といってもいいかなと思い始めたくらいです。
十分な仕事の当てがあって辞めたわけでもないのですが……
ほんとに(笑)
ただ実際フリーランスになってみると、おもしろいお仕事が巡ってきて。
お声がけいただいて、いざ相談を伺ってみると「人事制度の改訂プロジェクトを手伝ってほしい」とか「実際の案件に入って若手のプロジェクトマネジメントを直接指導・伴走してほしい」とか、これまでやってきたことに近いけれど、やったことがないご相談をいただくようになって。
「やっぱダメだわ……と思ったら遠慮せず切ってくださいね」とお伝えした上で、期待を超えられるように勉強しながらせっせと働いています。
あー、そういう感じでお仕事してるんだ。
大変でしょうけど、楽しそうでいいですね(笑)
じゃあ、ここからは「個々のどう生きたいかと仕事の関係性」に詳しい林さんと、メンバー個々人のやりたいことを組織コミュニケーションに活かすってのをどうやって実践するのかを話していきたいと思います。
個人にあるのは、あいまいな思い。組織はそれに結びつく具体的な機会を。
自分のキャリアをどう考えれば良いのかわからない人って多いと思うんです。
ここでいう「キャリア」は、特別なスキルを身につけるとか出世するって話というよりも、個々のライフスタイルやこれからの生活設計と仕事をどうしていくかみたいな話なんですけど。
組織側から見ても、個々のメンバーがどういうキャリア希望なのかに合った仕事してもらうことができたら、パフォーマンスを引き出せるんじゃないかなーと。
うんうん。
企業側もメンバーがどういうふうにキャリアや生活設計を考えているのか、希望を汲んだり活かす関わりができたら、がんばってもらいやすいだろうと私も思います。
「組織と個人が対等な関係ならば」って一応前提をおきますけれど、双方が希望すること、相手に期待することを率直に出し合って、組織の目標と個人の希望が重なり合うようにお互いが知恵を絞って話し合うのが健全だし、双方がその責任を負っていると思います。
双方が話し合う責任を負っている………確かに。
でも、メンバー個人はそれを上司に言うのはイヤだから隠したいとか、会社に自分のことを明かしたくないって人は多いし、健康的で対等な関係になりにくいですよね。
上司や先輩といった「目の前にいる人」に自分の希望を伝えたり、自分への期待を聞いたりしないまま、メディアで知った情報ノウハウに飲まれて思い込みが膨らんでいるのではと懸念しているんですよね。
これはお互いさまで、上司側も部下への対応におっかなびっくり、「部下の反応が読めないから言わない」という人も多いのではないかしら。
あるある。
個人の希望を話すって大切なことなのに、どちら側も疑心暗鬼になって、お互い損しちゃってることありますよね。
上司サイドの目線でいうと、今の40、50代あたりって、自分が若手の頃は上司や先輩から厳しい指導を受けた人が少なくない。
けれど自分が教わったそのやり方で若手に接してしまうとパワハラになる。それは分かるから別のやり方に変えなきゃいけない。
けれど別の上手い教え方を知らない、身近に手本もいない。
そういう中で手探りしながら部下のマネジメントや人材育成に悪戦苦闘している現場マネージャーに、これまでたくさん会ってきました。
そうして双方おっかなびっくりで平行線をたどっていると、なかなか突破口が見出せず、お互いつらいですよね。
別の上手い教え方を知らない、身近に手本もいない。
なるほどなー。
先輩やマネージャーも会社から丸投げされてしまっていること、多そう。
この問題の一番手っ取りばやい突破口は、各職場で、部下である若手のほうから自己開示することかなって思うんです。
率直に自分の希望することとか、希望しないこととか、よくわからないから稽古をつけてほしいこととかを表明していく。
すると上司側も、一般論より部下本人の意向を汲んで尊重しやすくなる。
これを頭でっかちに「会社が」とか「上司というのは」とか「昨今の若者はどうやら」とか大きく括って思い込みで考えているうちは、なかなか突破口が見出せない。
情報社会だからこそ意識的に、意見交換、一緒に知恵をしぼる時間を作って、目の前の人と直接話し合ってほしいなと思います。
自分で情報を検索したり本を読んだりできる現代だからこそ、まず目の前の人と話そうってことか。
自分がよくわからないことを表明していくっていうのも良いですね。
自分の希望といっても具体的に話せるほどはっきりしていないことは多いでしょうから、そこを無理に具体的にせずに話してみることでお互い見えてくるものがありそう。
そうですね。
個人の「あいまいな思い」と、組織が与えられる「具体的な機会」を結びつけて経験・実現する場を作り出せるのも仕事や組織のおもしろさだと思うんです。
個人は「あいまいな思い」があって、組織はそれに結びつく「具体的な機会」を作り出す。
そこまで考えてマネジメントなりコミュニケーションを考えられている会社は少ないだろうなあ。
僕も耳が痛い……
上司にかぎらず、人と話す中で「自分について知る」ことって、ままありますよね。
自分のことって、実はそんなに知っているわけじゃないし、思い込みにもはまりやすい。
「過去にやったことがないこと」を、そのまま「自分が興味がないこと」と思い込んじゃったり。
でも、「過去に自分がやったことがあること」なんて狭い範囲のことじゃないですか。
新しい視野を開いてくれるのってたいてい自分以外の誰か、自分の想定外の出来事だと思うんです。
狭い経験から判断しちゃわないためには、ちゃんと話すことが必要。
いい話だなーー。
任されたからやってみたら意外と面白かった、やりがいがあった、新しい興味が芽生えたという経験ができるのが仕事の醍醐味でもあります。
そういう偶発性をもっと楽しめたほうが、人の人生も、組織も社会も豊かじゃないかなって思うんですけれど。
若いときに先輩から「経験が多くないうちはどんなふうに生きたいか答えなんか出ないから、やってみたら楽しかったってことを大切に」って言われたら嬉しいし、めちゃめちゃ役に立ちそう。
ぼくも今後は自分で考えついたことかのようにこれを言うことにしますね(笑)
キャリアをデザインしすぎず、オープンマインドで機会を活かす、やってみて振り返るというのは、キャリアデザインのセオリーでも王道中の王道で。
学生の就職活動の段階で「あなたはワークライフバランスを重視しますか」みたいな問いかけをしている調査レポートとか見ると、「ワークを経験していない学生にワークとライフを天秤にかけさせるの、やめれ!」と思っちゃいます。
まさに経験したことないものをどう思うか聞かれて、想像で「大変そう」とか「面倒そう」って答えちゃう事例ですよね。
「仕事は自分の生活を悪くするもの」とか「会社は敵」みたいな短絡的な考えになっちゃったら、ライフスタイルとかキャリアの希望を開示して擦り合わせるどころではない(笑)
開示せずに隠したい、会社に歩み寄りたくないって思う人が増えちゃう。
そうそう。問いかけられれば、答えを出そうとする。
その時点ではワークがどんなものか知らないから価値づけが難しい。となると「バランスを重視したい」と答える。その「答えではない答え」に無意識下で縛られてしまっては、もったいない。
時期尚早な質問を軽率に投げかけるのは乱暴だし、その回答結果をもってZ世代をラベリングするのも、傾向をつかめるメリットより、 「一人ひとり違う」という当たり前のことを見失うデメリットのほうが上回っている気がして、くわばら、くわばらと唱えています。
そもそも「仕事重視か、プライベート重視か」という二者択一を迫ること自体、学生に限らず誰に向けても、現代にふさわしい問いかけなのか疑問です。
さも個々人が生涯変わらぬどちらか一方の性向で生きていくような前提を暗黙的に受け取っちゃうんですけど、自分の仕事観とか人生観って若いうちからそんな自明ではないし、一人の中でもキャリアステージによって変化していくものでしょう。
大事なのは「先々のことは、自分のことだとしても、よくわからんところが多分にある」という前提を許容する心構えかなと思います。
先ほど、林さんが「個人はあいまいな思いを持っていて、狭い経験からしか答えを出せない。自分自身をそこまでわかっていない」って話してたじゃないですか。
仕事や生活をどうしたいか決めろって求められても、あいまいな思いや狭い経験から無理やりだした歪んだ答えしか出せない。
だから上司や先輩、同僚との対話をして、だんだんと見つけていくみたいなことが必要なんでしょうねえ。
ヌルすぎる職場は、経験を積める場がなくなってキャリア安全性がない。
若い人たちの中にも、仕事をバリバリやりたい人はいますよね。
仕事を通じて専門性を磨きたい人もいれば、人の期待に応えたい・人の役に立つのが嬉しいという人、難しい課題にチャレンジするのが楽しい人、楽しくないけど振られたら頑張っちゃう人、チームで活動するのに充実感をおぼえる人、昇進意欲が旺盛な人、いろいろです。
厳しいフィードバックが欲しい若手も、欲しくない若手も、どの時代も両方いるし。
だから、 自分の目の前にいる個人、この◯◯さんはどういう人なのかを知るところからマネジメント策を練るが良しというのは、今も昔も変わらない王道だと思います。
「若い人には余計なアドバイスをしないほうがいい」とか決めつけずに、ちゃんと相手を見て、相手に合わせないとアカンぞと。
これまた耳が痛いなー
ぼくも、押し付けがましいこと言わない方がいいかなって距離感で話していたら、「もっと色々とアドバイスして欲しいし、自分がしたことない経験をしてる人の話を聞きたいし、もっと難しいことをやる機会も欲しい」って言われたことありますね。
そうなんですよ。
働く人が選べる、働く環境の選択肢が社会に増えていくことが大事なのであって、ストレッチした課題に挑むチャンスが激減してしまっては、企業内の多様性としても、社会の多様性としても、貧しくなってしまわないかなって思うんです。
林さんはその対話をするためには部下や若手からの開示が打開策になりやすいと仰ってましたが、開示するための心理的安全性が必要ですよね。
そうですね。
一方で、それは良い職場環境の一要素にすぎなくて、心理的安全性が確保されていれば万事OKというものでもない。
自分一人ではなしえない成長とか、会社で働くからこその達成感とか充実感とかが得られなきゃ、せっかくのやる気に満ちた若手がエネルギーをもてあましてしまう。
専門家もよく「心理的安全性っていうのはヌルい職場のことだと誤解されがちだが、そうではない」って言ってますよね。
大手や上場企業は特に細心の注意を払って守りを固めなきゃならないでしょうが、そっちの施策が重んじられる中、若手が「自分のキャリア安全性」を不安視して早期離職している問題は、今や大手メディアでも報じています。
現場マネージャーも、若手育成ミッションとの板挟みで苦悩したあげく離職されては、アクセルとブレーキどちらを踏み込めばいいのやら。
管理職が部下にプレッシャーかけ過ぎてたことにブレーキかかるのは良いことだけど、逆に「若手にプレッシャーかけちゃダメだ」と経験する機会を奪ってることがあるのか。
それで若手がキャリアに危機感を持って退職するみたいなの、良い状況じゃないですね。
キャリア安全性とは:
自分の今後のキャリアに対しての安全性・安心感。どんなに負担が少なくとも成長機会がない職場には、安心がないとして離職してしまう現象がメディアで取り上げられている。
このままの職場や業界で働き続けた場合の不安。
リクルートワークス研究所主任研究員の古屋星斗氏が名づけた概念、HR用語。
企業規模とか業界とか問わず、バリバリ働きたい若手にもいろんな会社の選択肢があったほうがいいし、もっとレバレッジを効かせた仕事経験を積める場が用意していけるといいなと。
長く一緒に仕事することでしか若手に継承できない尊い仕事も、各職場にたくさんあると思うんですよ。
だから、悪しき慣習や不合理な指導法とは断絶しつつ、社内で大事に引き継いできた専門性、醍醐味の伝承がなおざりにならないといいなと思います。
マネージャーとか会社が個のキャリアやライフスタイルをサポートしようにも、メンバーは率直な意見とか想いをあんまり言ってくれないってことは多そうじゃないですか?
どういう仕事の経験を積んでいくのが良いのか一緒に考えていこうって言っても、開示してもらえない、言ってもらえないみたいな。
「目上の人に、率直に自分の意見を述べる」という行為に慣れていないというのはあるかもしれません。
そこは慣れの問題で、1on1など定期的に話す機会を設けることで、回を重ねて時間かけて対話に慣れていく、上司と話すことに慣れていくということはあるかなと。
まず慣れようねって話をしてないとできるようにならないかも。
慣れのために1on1を使うっていうの、良いかもしれませんね。
マネージャー、上司のほうが「これは目上の人に率直に意見を言うのが苦手なひとが慣れるための時間にしよう」って考えてないと機能しないかもしれないけど。
上司側は「率直に話してほしいけれど、赤裸々に全部話してほしいということでもない」という按配を意識して話し合うスタンスが大事かと思います。
「組織がやりたいこと、あなたに期待すること」と「あなたが会社に期待すること、仕事上の希望・条件」を重ね合わせるために出し合ったほうがいいことは、できるだけ率直に話して一緒に最適解を探れたほうがいいよねと、こういうスタンスがいいんじゃないですかね。
これは1on1にかぎらず、目標設定や人事評価のフィードバック面談など公式のコミュニケーションで話す場とも地続きですよね。
「事業の地図と個人の地図をすり合わせる」ことで強いチームになる。
ぼくら世代は、いきなり「どうぞ頑張って生き残って」って武器もなく投げ出される感じだったかもしれないけど(笑)
かといって、ユルい経験しかさせてもらえないと個々のパフォーマンスは出ないし、それこそキャリア安全ではないから「ここにいる意味はない」って社員が辞めていく会社になるわけじゃないですか。どっちも極端。
今日のお話から、この会社このチームでこれからできる経験の全体と現在地を共有していくコミュニケーションがされるだけで劇的に変わるんだなって思いました。
全体像を地図みたいに見立てて、
「今期は、この山を登山口から3合目まで登るよ。そこでこのプロジェクトは終わりだけど、来期は別の小さなプロジェクトで、山の4合目から頂上まで経験できるよ。
数年以内には高尾山クラスで、単独で頂上まで登れるようになろう」
……と、いうふうにして数年かけて地図を踏破していっている感覚を得られれば、自分のキャリアへの不安にも期待にも、もっとバランスよくつきあっていけると思うんです。
これはめちゃ勉強になるなーーー。
数年かけて踏破する地図に見立ててコミュニケーションしたら「この会社にいる意味ないな」とか「転職した方がいいのかなあ」なんて考えたりすることはなくなって、仕事の成果を出すことに集中できますよね。
「地図が見えている」ことで、ちゃんと将来に希望をもてるんだ。
ぼくは事業屋なんでどうやって事業を勝たせるかみたいな指示ばっかり出しがちなんですよ。
「事業ロードマップにあるアレをやるぞ〜」って。
みんなでワーって目標に向かうのをやってて、メンバー個々は直感的に「この仕事で他ではできない経験してるな」とか「面白い仕事だな」とは感じられているとは思うんですけど。
でも、その時間がメンバー個々の身になっているのかをちゃんと話すコミュニケーションにはなってなかったかもしれない。
フジイさんが見てる事業で勝つための地図と、 個人のキャリア視点で持つ地図って、また全然違うマップなわけじゃないですか。
キャリアって個人に紐づくものだから、組織のフレームワークとはまた別次元の捉えどころがあるんですよね。
だから経営者やマネージャーが、個人のキャリア視点もあわせたお互いの地図をそろえてメンバーとコミュニケーションを図っていくと、突破口を見出せる課題もいろいろあると思います。
まとめ: お互いの「地図」を見ながら話す。
メンバー個々がキャリアや生活設計をどう考えているのか、企業はその希望を汲んだり活かす関わりができないと、パフォーマンスを出してもらったり、経験を積んでもらうことが難しいということをもっと意識しないといけないなと感じました。
働く個人は、
・ 狭い経験から判断しすぎないために、ちゃんと話すことの必要性を意識する。
・ 想像できることよりも、やってみたら意外と面白かった、やりがいがあった、という想像していなかった経験を大事にする。
・「率直に自分の意見を述べる」ことに慣れる
企業やマネージャーは、
・ メンバーは個々に違う「あいまいな思い」があって、自分の生き方を明確にできている人は少ないし、時期やライフステージで変わることを意識する
・ 希望や思いに結びつく「具体的な機会」を作り出すことを意識しつつ、すべてを順番に経験させられないという話をしっかりする
・ 事業の地図と個人の地図の両方を使ったコミュニケーションをすることで強いチームをつくる
といったことが大事で、現代的なチームはこれを目指していくことの重要性がより増していっているのかもしれませんね。
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(企画・編集:フジイユウジ / 取材・文・撮影:奥川 隼彦)取材:2023年11月